三月十七日 ~#バーチャル書店員~
三月十七日。
この日は、バーチャル書店員就任イベントがアニメイト池袋本店で行われた。
私はこのイベントが行われると告知された日からずっと楽しみにしていた。
こういうものを「リアルイベント」と呼ぶのが正しいのか未だに分かっていないが、友人がハロウィンの日に渋谷で行われた、とあるVtuberさん達のイベントに参加したという話を聞いて、そういうのリアルイベントがあったらいいなと思っていた。このイベントは、まさに私が求めていたイベントそのものだった。
事前の準備として、ファンレターを書いていった。バーチャル世界に住む彼女に物理ファンレターを届けられる機会など滅多にないので、自分なりに張り切って書いた。
また、本山らのに質問をして、彼女から作品をオススメしてもらえるという時間も設けられると聞いていたので、質問も一つ考えていった。
あとは、BOOTHで販売されている本山らののアクリルフィギュアをスマホ用防水カバーに入れて首から下げて持っていけるように準備もした。こういうイベントには何か一つぐらい身につけていきたいオタクなので……。
そうして迎えた当日、昼の部。
イベントが開始されると、巨大なスクリーンに本山らのの姿が映される。
その時期、本山らのは体調不良によりしばらく動画投稿をしていなかったため、久しぶりに見る彼女の姿にちょっぴり嬉しくなった。
いくつかの作品が本山らのやスタッフの方から紹介された後、本山らのへの質問コーナーが始まる。
私は誰よりも先に手を上げ、質問権を得た。
あとは予め考えてきた質問を言うだけだ。
「私、現実世界に生きる人間なんですけれども……」
「バーチャル世界に生きる狐ですー」
「全人類にオススメの作品はありますか?」
貴重な質問権を消費してでも、これをやりたかった。
その理由は、彼女に「全人類これ読んで」をやって欲しいとも、会場を沸かせたいとも、彼女を笑わせて緊張を解してあげたいとも、後からいくらでも付けられるので、はっきりとした理由はない。それら全てが理由だったかもしれない。
質問を終えてやりきった感を出した私は、その後も知っている作品、知らない作品が紹介されていくイベントを楽しんだ。
そして夜の部。
夜の部は元々参加する予定ではなかったため、質問は考えて来ていなかった。
でも、せっかく本山らのと話す機会があるのだから、何かしら質問をしたい。
そう考えていたときに、一つの質問が閃いた。これまた質問というよりも、昼と同じような笑いを取るためだったのだが、
これがいけなかった。
昼の部と同じように、本山らのへ質問するコーナーが始まる。
私はまたしても、誰よりも早く手を上げて、質問権を得た。
そしてその場で思いついた質問を彼女に投げかける。
「”夜"の部に相応しい質問をします。えちえちなオススメ作品はありますか?」
この質問にも、本山らのは回答して、作品をオススメしてくれた。
だからこの時は気づいてなかった。
だが、イベントが終わって帰りの電車に乗り、その日一日の思い出を振り返っていたときになってようやく気付いた。
女性に対して、『エロくてオススメな作品は教えて欲しい』という質問。
どう考えてもセクハラ発言である。
そんなことにすら思い至らなかったのは、自分さえ楽しければ良いという自分勝手な考えしかなかったからだ。
少し考えれば、この発言がどのような影響をもたらすか直ぐに思いついたはず。
もしこの発言が何事もなく許されてしまうならば、今後似たような言葉が彼女の元へと届いてしまうかもしれない。そんな恐怖が後から思い浮かんだ。
あるいは、この出来事を見兼ねた関係者により、今後あったかもしれないリアルイベントが見送りになる可能性もあるのではないか。彼女のやりたいこと、進みたい道を閉ざしてしまったかもしれない。
本山らのならこれぐらいの質問をしても大丈夫、などと自分の価値観で勝手に決めていことが恥ずかしい。もしかしたらイベントを終えた彼女は今、傷つき、胸を痛め、独りで泣いているかもしれない。
考えだすと止まらなくて、とても自分が許せなかった。
自責をするような気待ちでツイートをすると、何人かから気にするなと声を掛けてもらった。だが正直、文字は読めても頭には全く入ってこなかった。
帰宅したあとは何をする気力もなく、ご飯も食べずに布団に入って目を閉じた。
本山らのに嫌われたらどうしよう。
彼女を傷つけてしまっていたらどうしよう。
こうやって彼女の心配よりも先に自分の心配をしているあたり、本当に自分は卑しい人間だと思う。
彼女を応援しているなどと言って、結局は彼女の為ではなく自分の為だったのだ。何もかも。
会場を沸かせる? 本山らのの緊張をほぐす? そんなことは微塵も考えてなんかいない。後付けの理由だ。ただちょっと面白いことを言って悦に浸りたかっただけだ。
この沈んだ気持ちも一晩寝たらなんとか元に戻ったが、この日の行いは私の中で戒めとなった。
こうして文章に書き起こしている今でも、自分の行いが恥ずかしくて堪らない。
だが、書かなければならない。決して忘れてはいけない。今後も彼女を応援していく上で、自分がやったことから目を逸らすことは許されない。
だから、たとえこれを読んでくれている人にとって読む価値のない内容だったとしても、この出来事と私の気持ちを書き残すことにした。
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