一月二十一日 ~本山らの誕生日&凸待ち配信~

 一月二十一日。


 彼女の誕生日であるこの日は、凸待ち配信が行われた。

 凸待ち配信が行われると言われて初めてその言葉を目にしたが、ぱっと見で意味を察するなら「リスナーがボイスチャットで突(凸)撃してお話しする配信」だろうと思い、Discordというボイスチャットアプリをインストールして、指定されたサーバのURLを開いた。

 しばらくすると、私が本山らのをきっかけに知ったラノベ作家さん、Vtuberさん、書店員さん、そしていつも配信時にコメント欄で見かけるリスナー、つまりはらの担の皆さんが入ってきた。

 彼女と話をしたい人がこんなにも人がいるのか。

 彼女の人気ぶりを改めて思い知り、身の丈に合わない豪華なパーティーに来てしまったな、などと緊張していた。


 この凸待ち配信の趣旨は、本山らのが今まで紹介した作品の中から参加者が好きな作品を選び、一人あたり三分程度で語るというものだ。

 事前の告知でその内容を知ると、私はすぐに語りたい作品を通販で取り寄せた。というのも、その作品を電子版でしか持っておらず、話していく中で恐らく「このページのこの台詞が好きだ」といった感じで話すことになるだろうと思い、手元に紙媒体の本があった方が良いと考えたからだ。

 (電子媒体の小説では文字サイズを変更できるという仕様があるため、紙と違って正確なページ数がないのである)


 注文をした翌日には本が届いて、一日で再読を終えた。

 そうした準備を終えて迎えた本山らのの凸待ち配信。

 事前に通話をする順番については説明がなされていたが、このときの私は彼女が書いた説明文の「おおよそ」や「かもしれません」という言葉から、「とりあえずVtuberさんや作家さんが先に本山らのと話をしてから、一般リスナーが話をしに行くのだろう」と思い込んでいた。


 しかしそんな考えとは裏腹に、私は一番目に彼女と通話をすることになった。


 呼ばれるまでしばらくかかるだろうと思っていた私は、配信画面から本山らのに名前を呼ばれて焦った。通話を開始する方法も分からずに、アプリ内に並ぶアイコンなどをカチカチと押してみる。彼女を、そしてリスナーさんを待たせてはいけない。その想いがDiscordの神様にでも通じたのか、ようやく通話ルームに入ることができた。

 入力デバイスと出力デバイスのミュートを解除し、声を発する。


「あ、あー」

「あっ! 初めましてー!」


 これが本山らのと私の、初めての会話だった。

 自分が喋ると相手もそれに応じて言葉を返してくれる。

 当たり前のことなのに、今まで別の世界の存在だと感じていた彼女と話すことができると、誰がどう見ても分かるぐらいには緊張へちゃへちゃした。

 何を話していいか、ああそうだ、この凸待ち配信では好きな作品を語るんだ、などと考えてながらあー、だのうー、だのと声を発していると、突如配信画面にマシュマロのメッセージが表示された。そしてその文面には見覚えがあった。

 配信の前に私が彼女の誕生日を祝うために送ったものだった。


 マシュマロ朗読公開処刑である。


 このとき送っていたマシュマロは、事前に本山らのがペンネーム付きでも良いと言っていたので、ほんの気まぐれでペンネームを末尾に添えた。

 それがまさかこんなことになるとは……。

 自分の書いたマシュマロを送った相手に目の前(?)で読み上げられる恥ずかしさも然ることながら、無限に湧いてくる嬉しい感情を押し殺すように、そっとマイクをミュートにして聞いていた。


 彼女がマシュマロを読み終える頃には緊張メーターが振り切れてて逆に落ち着きを取り戻していた。気がする。ひょっとしたらそんなことなかったかもしれない。

 そして、私が選んだ作品について本山らのと二人で語り始める。

 私は一日かけて考えた作品の簡単なあらすじを未読のリスナーさんたちにも分かるように話す。そしてその流れで私が一番好きなシーンの台詞について触れると、


「今、手元に(本が)あるから……読んじゃおっかな」

「……え"っ!?」


 イマ、ナント?


 一瞬思考が止まった。いや、違う。止まったのでなく急速に回転していた。

 後から聞き返すと、この時の自分の驚き様はまるでようにしか聞こえなかった。喜びこそすれ嫌な気持ちなど微塵もないのだが、この時の私は別のことを考えていた。(その理由については割愛する)

 一瞬会話が止まってしまう。このまま何も喋らないのはまずい。でもこの台詞は……。様々な思考がめぐり、とりあえずあらかじめ栞を挟んでおいたページ数を伝える。

 「ネタバレになっちゃうかな……でも、せっかくなので」

 えへへ、と笑った本山らのは、私が好きだと言った台詞を朗読し始める。

 私の中にある恋愛作品の価値観を変えてくれた台詞を、私がその作品を一番好きになった理由を、本山らのが読み上げてくれている。

 私は息を殺して、手元にある本へと視線を落とし、台詞の一文字一文字を目で追った。

 時間にすれば数秒程度だったかもしれないが、私にはそれがとても長く感じられた。

 やがて彼女が台詞を読み終えると、なんとも堪らない気持ちがこみ上げてくる。

 あああ、とうなりながら口から出てきた言葉は、「今日死んでもいい」。

 この幸せな気持ちを人生最後の感情として幕を降ろしたい。そんな風に思えたのは、彼女が心を込めて朗読をしてくれたからだろう。本当に感謝の念が尽きない。


 改めてその作品について語ることになってあれやこれやと語っているうちに冷静になり、ようやく気づいた。

 一人あたりの持ち時間である三分など、とっくに過ぎていた。

 またしても私の中で様々な葛藤が生まれる。

 早く切り上げて、次の人に変わるべきか。

 でも不自然に切り上げると、まるで話すのが嫌だというように思われたりしないだろうか。

 そして何よりも、もっとずっと語り合いたい。まだまだ話し足りない。

 いくら凸待ち配信への参加が初めての私でも、最初の人間が時間を守らないとどうなるかなど、容易に想像できた。このあとにも大勢の人が控えている。本山らのと話したいのは自分だけではないのだ。

 だが、しかし、それでも話し続けてしまった。

 後からアーカイブを確認したところ、私が本山らのと話していた時間はおよそ八分。予定されていた時間の倍以上、話していた。


 そうして悩みながらも続けていた本山らのとの通話が終わり、コメント欄へと戻る。

 その後も本山らのへと突撃して行く人達の会話を聞き、多くの人たちが本山らのと作品への愛を語っていった。

 自分が話しているときももちろんだが、他の人が会話している様子を見ているのは本当に楽しかった。


 やがて凸待ち配信が終わり、ふう、と息をつく。

 配信が終わったのは、恐らく二十三時半ぐらいだっただろうか。終わる直前の本山は、予想以上に配信が長くなり遅い時間になってしまったことに慌てている様子を見せていた。

(最初に凸して通話した自分がしっかりと時間を守ってさえいれば……)

 それは、運良く本山らのと最初に話すことができた私の驕った悩みであることは分かっていたし、自分のせいだと思うこと自体がそもそも見当違いだとは思うが、その日寝るまでは後悔していた。


 そんな後悔も一晩寝ることで沈んだ気持ちを入れ替えることができ、その後一週間は彼女と通話していた八分間をアーカイブで何度も聞き直した。

 自分の声を聞くたびに恥ずかしくて動画を停止し、また再生する。そんな風にして、楽しかった時間を思い返していた。

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