第3話

三日前に刺された女性は、その後集中治療室から一般病棟に移って、容体も安定していた。


刑事課の刑事たちの聴取によれば、刺されたときは誰かが背中に当たったか、物がぶつかったくらいで、多分後ろの人が前のめりかなにかでぶつかったのではないかと思い、すぐに振りかえらなかったので、犯人は見ていない。誰かに恨まれる覚えもないということだった。その話を裏付けるように、会社の同僚たちも彼女はとても人がよく、悪い噂もないし、誰かに恨まれるような性格ではないということだった。


だが、犯人は彼女を狙った。通り魔でもない限り、怨みによる犯行が濃厚なのだ。そこでまず捜査線上に浮かんだのが夫だった。夫は彼女より20分ほど早く家を出ている。

夫の供述によれば、普通に出勤したということだった。確かに、バスの運転手は覚えていなかったが、駅の防犯カメラにはたしかに犯行時間帯には最寄の駅にいたことが実証された。

そうなると、可能性が高いのは通り魔の犯行だ。防犯カメラの解析では、同日の同時刻は通勤通学の時間帯であり、あまりにも多くの人が写っているので、その線からの搾り出しは難しそうである。


所轄の刑事課のベテラン刑事、小山田も長引きそう、いや、もしかすると「お蔵入り」のヤマになるかも知れないと思い始めたころだった。別の事件が発生した。


その事件は、やはり朝の通勤時間帯、刺された女性の通う最寄駅の前にある牛丼屋の店先で発生した。


被害者は52歳の元会社役員の男性。夜勤明けの朝、牛丼屋の店の前のメニューが書いてある看板を見ているときに背後から刺された。今度は肝臓まで届く刃物で刺され、救急搬送された病院で死亡した。


管轄の西世田谷署に、警視庁、所轄、応援などによる合同捜査本部が設置された。もちろん小山田刑事も最初の事件の担当として参加した。


「先の女性傷害事案と今回の元役員殺害事案は、まだ犯人の特定、同一犯か、それぞれ単独犯かの識別はついていないが、いずれにしろ、社会に大きな衝撃と恐怖を与えた重大事案である。本庁捜査一課、所轄の刑事課、応援の刑事諸君が大いに奮闘していただき、早急な犯人検挙により事案の終了を目指して欲しい」と捜査一課長からの激が飛んだ。


小山田は、捜査一課の若い刑事と組まされた。


「また俺が苦労させられるのかよ」そう心の浮かんだ。


本庁の捜査一課にいる若い経験のない刑事とくればどうせキャリアのエリートだろ。俺ら所轄で泥水を飲んでたたき上げた下々のものとは大違いだというコンプレックスもある。それに加えて、経験がないから手足まといになることも多々ある。しかし、所詮警察は巨大な官僚組織だ。上には逆らえない。だいいち、今日の会議でもうちの署長よりも捜査一課の課長のほうが偉そうな顔と態度をしている。警察なんてそんなものだと、またいつもの愚痴を長年の友人である交通課の課長に言いそうになった。



事件の被害者の元会社役員の男性は、5年前に勤めていた会社を辞めて、夜勤の警備会社で働いていた。その日は夜勤明けで朝食をとりにきた牛丼屋の前で刺された。今回も目撃者を発見することは出来なかった。人通りの多い駅前であったが、朝の通勤時間帯だったこともあり、急ぎ足で駅に向かう人ばかりで、第一、他人のことなんて誰も興味がないから、人のことなんて見てもいないのだろう。情報提供の看板を駅前に立てたが目撃情報は得られなかった。ただ、幸いなことに牛丼屋のアルバイト店員が被害者を見ていた。刺された瞬間かどうかは分からないが、被害者の後ろに男がいたというのだ。ただ、その男は被害者越しにメニューの書いてある看板を歩きながら見ていたらしいという話だったが、その男が犯人だった可能性もある。また、駅前だから複数の防犯カメラがあり、その解析からも被害者が写っていた映像を複数確認できた。

画像解析班により、刺される瞬間らしき映像を見つけ出すことが出来た。その映像、店員の証言などによりひとりの男は容疑者として浮上したのである。




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