第3話 子供騙し

パパに言われた後、僕はパパの指導のもと体を鍛えるようになった。


 すると半年も経たないうちに結果は出始めた。


 僕はエシルを連れて外の草原で遊ぶようになっていた。小さい頃は良く遊んでいたが、勉強をするようになったり、エシルが優秀で嫉妬した僕が自ら距離を置いていたため、あまり遊ばなくなっていたのだ。


 しかし、最近はまたエシルを連れて遊ぶようになっていた。


「エシル」


 僕は短くエシルを呼んだ。


「ん?お兄ちゃんどうしたの?」


 僕はエシルと目が合ったタイミングでそれを実行した。


「こっちだ」


 僕はエシルの後ろからそう声をかけた。


「え?」


 エシルが後ろを振り返った。しかし、そこに僕はもういない。


「こっちだ」


 僕は今度は元いた場所から声をかけた。


「え?」


エシルがまた振り返るが、そこに僕はまたいない。


 僕はエシルの死角に移動し、声をかけるということを繰り返した。


「ここだよ」


 それをしばらく繰り返したところで僕はエシルの目の前に現れた。


「え?」


 エシルはしばらく呆けていたが、状況を理解すると——。


「お兄ちゃん!それどうやったの?!」


 そう興奮気味に聞いてきた。


「それは秘密だ」


「えー、教えてよ!」


「なんて言われても教えないからな」


「えー、ケチ」


 エシルはそう言い、そっぽを向いてしまった。


 エシルに教えてと頼まれたが、タネを明かすわけにはいかなかった。タネを明かしてしまうとがっかりされてしまうからだ。それほど、これのタネは単純なモノだ。


 僕がしたのは、瞬間移動だ。魔法ではなく、物理的な方法でただ全力で走って移動した、それだけだ。


 エシルは目で追えなかったため、僕が目の前から消えたように見えたというわけだ。


 これはパパにも見せた。パパは驚いてはいたが、目で追われていたため、瞬間移動とはなっていなかったと思う。


 エシルみたいな子供は騙せても大人は騙すことはできないのだ。それが僕は悔しかった。でもエシルを騙すことができて嬉しかった。


 僕ら拗ねてしまったエシルの気を引くために違うことを見せようとした。この時、僕は少し調子に乗っていた。


「エシル、こっち向いて」


「何?」


 エシルは少し怒ったような口調になっていたが、ちゃんとこちらを向いてくれた。


 今度のやることは手頃な石を手に持ち、砕くというこれも単純なものだ。


 これをやってみせたら、エシルは機嫌が悪いことなんて忘れてしまい、それに釘付けになっていた。


「お兄ちゃん!それ、どうやったの?!」


 目を輝かせながらエシルは再び僕にそう聞いてきた。


「どうって、石を手の上に乗せて、砕けろって念じただけだよ?」


 僕はそう嘘をついてエシルに教えた。手の力で砕いたなんて言ってマネされたら、エシルが怪我をするかもしれなかったから、怪我をしないようなことで誤魔化した。


 僕がそう言うと、エシル早速マネしだした。エシルは手のひらに石を乗せ、石をじっと見つめ、「砕けろ、砕けろ」と呟いていた。


 でも念じるだけ石が砕けるわけもなく、石には何の変化もなかった。


「そろそろ家に帰るぞ」


 僕は30分ほど石を手のひらの上に乗せ、念じているエシルに向かってそう言った。


「待って!今いいところだから!」


 エシルはそう言ってその場を動こうとしなかったため、僕はエシルの気が済むまで待つことにした。




どのくらい時間が経ったかはわからないが、エシルが急に僕のところに近づいてきた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん!できたよ!」


「できた?」


 僕はエシルの言っていることが理解できず、そう聞き返した。


「ほら!」


 エシルはそう言うと自分の手のひらを見せてきた。その手のひらの上には粉々になった石のようなモノがあった。


「え?」


「お兄ちゃんの言った通り念じていたら、砕けたよ!」


「ウソでしょ?」


 僕はエシルの言っていることが信じられずそう言った。


「むー、じゃあ見てて」


 エシル信じてもらえてないと思ったのか、近くに落ちている石を拾い、手のひらの上に乗せ、「砕けろ、砕けろ」と念じていた。


 しばらくすると石は粉々に砕け散った。


「ウソでしょ」


 僕はエシルのやったことが信じられなかった。


「ふふん」


 エシル胸を張ってどこか誇らしげであった。


 しばらく僕は何も考えられなかったが、ようやく状況が理解できるようになると急に悔しくなった。それは僕が何日もかけてようやくできるようになったことだったからだ。それを数十分で再現されてしまっては兄という立場がなくなってしまう。


 それにエシルがやったことは単純な再現ではなかった。


 僕がやっていたのは砕けやすい石を予め用意しておき、それを砕いただけだ。しかし、エシルは何の細工もしてない石を砕いていた。


 これを目の当たりにして僕は益々凹んだ。


 だから僕は今のままではエシルに誇れる兄でいられないとわかり、更に身体を鍛えていった。



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