第52話 友達

佐倉の添い寝のお蔭かどうか判らないが、翌日には風邪を引く前より元気なくらいになっていた。

けれど、俺は状況を甘く考えていたことを思い知る。

翌日から佐倉は、母親の車で送り迎えされるようになった。

学校の外では、一切会うことが出来なくなったのだ。


俺は出来る限り、学校内では佐倉と一緒に過ごすことにした。

お昼も一緒に食べたし、放課後は校舎を出るところまで傍にいた。

そこから見通せる校門の先に、佐倉の母親が乗っているであろう車も見えた。

正直、恨まなかったわけじゃないけど、今の自分に出来ることが思い浮かばなかった。

佐倉の母親と相対したところで、俺に何が言えるだろう?

状況を更に悪い方向へ持っていってしまいそうで、俺はいつも、佐倉の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


幸いと言うべきか、今は文化祭シーズンだった。

俺は空いた放課後の時間を、その手伝いに費やすことで紛らわすことが出来た。

他のクラス、他の学年、お構いなしに人手の足りないところはどこへでも顔を出した。

それは、俺に足りなくなっていた善行成分も、ある程度は満たしてくれた。

佐倉との付き合いは、多少、窮屈なことではあっても充分に幸せなことだったから、もっともっと、何か役に立った方がいい。

ただ、佐倉の笑顔が減ったような気はしていた。


アルバイトも始めた。

佐倉のために買ってあげたいものがあるからだ。

貯金はあったけれど、それは佐倉のための貯金じゃなかったから、佐倉のために稼いだお金で買いたかった。

給料日まで待てないので日払いで雇ってもらった。

俺に接客業はキツイものがあったので、飲食店の厨房での仕事。

忙しいし先輩は怖い。

その厳しさが苦にならなかったのは、佐倉のかけてくれた魔法があるからだろう。


「モッチー、悩みがあるなら相談乗るよ?」

文化祭の準備中、美旗が声を掛けてきた。

佐倉は佐倉で、生徒会としての文化祭の準備があるらしく、クラスの方には滅多に顔を出さないし、自主的に残ってする作業には現れない。

「ラブラブな俺に悩みがあるように見えるのか?」

もっと会いたい。

もっと話したい。

欲を言い出せばキリがない。

「見えるよ」

美旗は簡単に言ってのける。

「望月、俺も何か手伝えることがあれば」

石田もかよ。

何だかなぁ。

別に俺、不幸でも何でもなくて、ただやりたいことがあるから頑張ってるだけなのに。

「佐倉さんのことだよね?」

「だからラブラブだっつーの」

「さくっちを、もっと笑顔にしたいんでしょ?」

「だから──」

「だからもっと、幸せにしたいんだよね?」

そうだよ、俺は佐倉をもっと幸せにしたい。

でも、どうしていいか判らない。

「協力するよ。俺にも何か出来ることがあると思うし、佐倉さんには幸せになってもらいたいしね」

佐倉のために、二人が力を貸してくれようとしてる。

佐倉のためになら、頼ってもいいんじゃないだろうか?

「佐倉さんだけじゃなくて、望月もね」

「モッチーもね」

何なんだよお前ら、そう言おうとして俺は──

声が出なかったんだ。


話す相手はいても、それは友達じゃ無かったかも知れない。

彼女はほしいと思っても、具体的に誰かを好きになったことなんて無かった。

今までは──


「モッチー」

「望月?」

机に顔を伏せてしまった俺を、二人が呼び掛ける。

俺は「ありがとう」と言えなくて、顔を伏せたまま、ただ何度も頷くことしか出来なかった。

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