第51話 添い寝

昼間の自分の部屋が、こんなに静かだと思ったことは無かった。

外の音も聞こえなくて、ただ佐倉の小さな嗚咽だけが、俺の耳に届いていた。

俺は佐倉の髪を撫でながら、不安と焦りを抑えて、じっと佐倉の言葉を待った。


親に、付き合っていることがバレたこと。

先日、商店街での騒動を近所の人が見ていて親に伝わったこと。

それから、すぐに別れろと言われたこと。

昨夜、そのことを言われ気が動転していたところに、今朝、学校に行ったら俺がいなかったこと。

不安だったこと、寂しかったこと。

途切れ途切れの泣きながらの説明は、それだけのことを伝えるのに随分と時間がかかった。

でも正直、俺はちょっと拍子抜けした。

「別れなきゃいいんじゃないのか?」

当然、親には嘘を吐くことになる。

でも、そこまで厳しくされて従うのもおかしい。

その嘘に、俺なら罪悪感は抱かない。

佐倉に嘘を吐かせることは、少し心苦しいけど。

「会える時間が無くなるの」

「学校が終わったら、真っ直ぐ帰らなきゃってことか?」

佐倉がコクリと頷く。

実質、会えるのは学校の中と、帰り道の俺の最寄り駅まで、ってわけか。

「今までだって、土日は習い事とか家の手伝いとかさせられて、私達、デートの一回すらしたこと無いのよ?」

色々と我慢してきたことがあるのか、佐倉は唇を噛み締めて、また泣きそうな顔になる。

俺は佐倉の頭をポンと叩いた。

「ほんの少し前まで、俺とお前は日常会話すらしてなかったよな」

「……ええ」

「今は、毎日がデートみたいだ」

「毎日が……デート?」

「場所なんかどこでもいいんだ。学校でも、その辺の公園でも、地元の商店街でも」

「その公園や商店街ですら駄目になるのよ? そんな彼女、嫌じゃないの? 浮気しない?」

は? コイツ、そんなことを不安に思ってたのか?

「お前、俺のブサメンを何だと思ってるんだ!」

「えっと……学年で一、二位を争う──」

「いや、そういう具体的な美醜の位置づけを訊いてるわけじゃなくてですね」

「……誇り?」

「んなわけねーだろ! アホなの!?」

「だって、時々そうやって自慢げにブサメンって言うから」

「自虐だよ! 判れよ!」

「好きな人が自虐したって、判らないわよ」

「あー、もう! 俺がお前に好かれるなんて、それこそ宝くじで一等当たるより凄いわけ。さっきも言ったろ、魔法なんだよ! 解くことなんて俺には出来ねーの!」

「だったら、誠君が私に魔法かけたってことになるわよね?」

ん? あれ? そういうことになるのか?

「私が、好きになるわけ無い人を好きになる魔法」

「いや、それはお前がアホだから──むぐっ」

鼻をつままれる。

でも、少し元気が出たみたいだ。

「取り敢えず、誠君は私から離れられない。という認識で……その、いいの?」

「それでいいよ」

「ありがと」

「こちらこそ」

「じゃ、じゃああの、お願いがあるのだけど」

「何なりと」

「今のうちに、誠君成分を補充します」

「……どうやって?」

「添い寝?」

「いや、無理だろ?」

「体操服あるから」

「いや、そういうことじゃなくて」

「着替えてくる」

「おい、ちょっと──」

我儘お姫様は人の話を聞かない。

俺はまた熱が上がり、佐倉は意気揚々と布団に入り込み……。

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