第53話 文化祭前日
文化祭の準備は順調だった。
俺のクラスはありがちな喫茶店ではあったが、やるべきことは意外と多くて、文化祭前日まで忙しさを極めた。
男子からはメイド服の希望が多かったし、俺も佐倉のメイド姿は見てみたかったものの、他の奴らに見せたくないので反対派に回った。
最後には、「俺がメイド服を着て接客するが、それでいいのか!」と言うと、皆が黙った。
そんな中、計画は進んでいた。
別に大した計画じゃなくて、でも、俺一人じゃ出来ないことだった。
たとえ成功しなくても、少しは佐倉を幸せに出来るだろう。
「西原先生」
放課後の廊下、周りには誰もいないタイミングを狙った。
「あら望月君、どうかした?」
「文化祭二日目、俺と佐倉は、学校を抜け出します」
いつもニコニコしている先生の顔が、怪訝なものに変わる。
俺は、佐倉がいま置かれている状況を説明した。
簡単に説明するつもりが、随分と長くなってしまい、随分と感情的になってしまった。
「いいわねぇ」
西原先生は、遠くを見るような目で言ってから、いつものニコニコ顔に戻った。
「私も、ずっと独身だったけど、昔は恋をしたし、それでも動けなかった自分に後悔もしたのよ」
「だったら」
「私個人としては応援するわ。でも、学校側としては看過出来ないの」
「それは、判ります」
「だから、何かあったときの責任は取れません。ごめんなさいね」
「えっと、結局どういう……」
「学校の行事や校則よりも大切なことなんでしょう?」
「はい」
「クラスメートも協力するんでしょう?」
「はい」
「結果、聞かせてね」
そう言って西原先生は去って行った。
これは、オーケーってことで、いいんだよな?
クラスメートへの根回しは石田がやってくれた。
石田は人気者だし、口も上手い。
一部から不満は出たようだが、最終的にはブサメンを応援してやろうという空気になったようだ。
どういう風に話を運んだのか、少し気になるところではあるが。
美旗には生徒会を説得してもらった。
生徒会長は佐倉以上の堅物と聞いていたが、色仕掛けで簡単に籠絡出来たと、冗談なのか本当なのか判らないことを言った。
それでも、もっと何か協力したいと不満を垂らしていた。
その不満が、俺にとって嬉しいことであることに美旗は気付いていない。
俺や佐倉に対して何も出来ない、という不満が、俺をどれほど力付けてくれるか、美旗は判っていないのだろう。
そんなことで抱いてくれる不満は、俺と佐倉のことを想っていてくれているからに他ならないのだから。
「美由紀」
「何?」
「文化祭、両親は学校に来るのか?」
「来ないわ。いつも通り、母の送り迎えだけ」
「二日目の後夜祭はどうなる?」
「その日は、七時くらいに迎えに来るって言ってたわ。いつもより、少しだけ長くいられるね」
嬉しそうで、でも、寂しそうだった。
予定通りだ。
俺はもう、佐倉にこんな寂しそうな顔はさせない。
「望月、お姫様は帰ったのか?」
あまり会話のしたことの無い男子が話し掛けてくる。
暗くなるまで教室に残って文化祭の準備をする生徒達。
「うん、まあ」
俺は曖昧に返事をした。
だって、そいつのセリフは単なる揶揄だと思ってしまったから。
「俺はお前が佐倉と付き合い出したとき、柄にもなく頑張ろうって思ったんだよなぁ」
「え?」
「結局、みんな同じなんだよ」
「は?」
コイツは何が言いたいんだ。
「佐倉みたいな超絶美人、どんなイケメンと付き合うんだろうって思ってた。でも、佐倉が見てる風景って俺達と一緒なんだよな。美人だからって、イケメンしか見てないわけ無いもんなぁ」
「ああ、そういうことなら、佐倉の趣味の悪さを──」
「みんな何となく思ったんだよ。ああ、お前ならいいか、って」
俺は戸惑う。
コイツの言葉は、理解の範疇を越えている。
「明後日だ」
「何が?」
「佐倉を、幸せにしろ」
教室に残っていたのは八人ほど。
喋ったことも無いクラスメートもいた。
けれど、たった八人は、歓声と言えるほどの声を、教室に響かせた。
俺、こんな涙もろかったっけ……。
ずっと平坦で代わり映えのしない、あまり色の感じられなかった世界が、佐倉と出会ってから、起伏に富み、鮮やかな色彩を帯びた日々に変わった。
俺もまた、その変化に満ちた世界に染まって、感情は揺れ、喜んだり、悲しんだり、豊かに、鮮やかに色んな顔を覗かせるようになった。
「ちょ、望月?」
俺はそいつに抱き着いて顔を隠した。
「あ、その役、俺がしたかったなぁ」
そう言った石田の口調が、心底口惜しそうなものだったので、教室に笑いがドッと沸く。
俺も笑った。
明後日は、きっと佐倉が笑顔になる。
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