第49話 風邪

最近、善行成分が足りてない。

そもそもが「いい人」と思われたい下心から始めたことではあるけれど、佐倉と付き合うようになって、もっといいことをしないと割に合ってない気がしてならない。

幸せになった分、どこかで役立たないと俺の存在意義が失われそうだ。

そんなことを考えていた矢先に、情けなくも風邪を引いてしまった。

くそっ、これでは善行が出来んじゃないか……。

「お兄ちゃん」

熱で意識が曖昧な中、明梨の声が聞こえてくる。

あ、そう言えば、昨晩から怠くてつっかえ棒するの忘れてたなぁ。

「先生には私から言っとくから、電話とかしなくていいからね」

それは助かる。

が、コイツはなぜ制服に着替えてる途中でわざわざ言いに来るのか。

上はボタンをとめてないブラウスに、そのくせリボンは装着済み、下はパンツと靴下だ。

まるで「リボンと靴下はそのままで」と懇願されたような拘りのスタイルではないか。

「やっぱりションボリ君のままか。じゃ、行ってきまーす」

去り際に掛布団をヒョイと持ち上げ、股間を確認していく妹の将来が不安で仕方ないが、まずは眠ることにする。


電話の音で目が覚める。

ミュートにしておかなかったことに腹を立てつつ画面を見る。

知らない番号だったので更に腹を立てる。

幸い、五回ほど呼び出し音が鳴っただけで切れたので、ミュートに設定してスマホを投げ出す。

時間は昼過ぎで、学校は昼休みだな……。

佐倉はどうしてるだろうか。

相変わらず連絡先も知らないままだし……って、さっきの電話、まさか?

俺は再びスマホを手にして着信履歴を見る。

見たところでそれが佐倉の番号かどうかなんて判らないのだけど、何となく佐倉っぽい気がする。

俺は発信ボタンを押した。

呼び出しコール一回で誰かが出る。

「何の用?」

「お前がかけてきたんだろうが!」

聞こえてきたのはやっぱり佐倉の声で、返ってきたのはやっぱり憎まれ口で、自然と俺はテンションが高くなる。

「間違えてかけたのよ」

「あ、そう。んじゃ切るわ」

「待ちなさい。勝手に切ったら許さないわよ」

「はいはい。で、連絡先を教えてくれなかったお前が、どういう風の吹き回しだ?」

「朝、登校したら、あなたがいなかったの」

「そりゃあそうだろ」

「いつものあなたは先に教室にいて、それが当たり前だったから、少し違和感があったのよ」

「まあ、そういうものかも知れないな」

「西原先生に訊いたの。風邪なんでしょう?」

「ん、ああ」

「確かに顔が冴えないわ」

「顔色だ! つーか見えて無いだろーが!」

「割と元気そう」

「お前が病人に鞭打ってるんだよ!」

「ごめんなさい」

「いや、謝られるほどのことでは」

「休憩時間、あなたの席に誰も座ってないの」

「当たり前だろ」

「授業中、今までそんなにあなたの席を見ていたつもりは無いのだけど、空席が気になったの」

「俺のブサメンの存在感に今ごろ気付いたか」

「今、お昼休みだけど、今まで一緒にお昼を食べていたわけじゃ無いけど、おかしいね」

「何がだ」

佐倉の声が、潤んでいることに俺は気付く。

「寂しくて死んじゃう」

「!?」

何を言い出すのか俺のお姫様は。

「明日は来られる?」

「たぶん」

「膝枕したい」

……何か様子がおかしい気がする。

「俺も、膝枕されたい」

取り敢えずはそう答える。

いや、膝枕されたいのは事実だが。

「帰りに寄っていい?」

「ああ。来てくれたら嬉しい」

「じゃあ、鍵を開けて待っていて」

耳元で囁かれる佐倉の声は、俺を夢見心地にさせると同時に、どこか不安な気持ちにもさせる。

最近の佐倉は、随分とまるくなったけど、こんな風に甘えられると戸惑ってしまう。

「誠君」

「何だ」

「大好き」

~~っ!!

俺は、昇天する勢いで、身悶えした。

一抹の不安を抱えつつも、歓喜の波が、後から後から押し寄せてくる。

確実に熱が上がった。

まだ早いと思いつつも、俺は鍵を開け、何故かパンツを履き替え、歯を磨いて、スマホのミュートを解除してから布団に入った。

更に熱が上がったようだけど、朦朧としながらも心地よさに包まれていた。

このままでは、善行が足りなくて死ぬかも……。

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