第48話 SとM

美旗が、「さくっちって、ああ見えてたぶんMだよね」、なんてことを言った。

佐倉はイメージ的にはSだが、確かに初めて名前を呼び捨てにしたとき、Mの片鱗が見えたような気もする。

それに、SとMは表裏一体とも言う。

嗜虐の悦びというのは、被虐の苦痛を与えると同時にその苦痛を想像して得ているのだ。

つまり、苦痛を与えつつ、自身も想像とは言え苦痛を味わっているのである。

逆もまた然り。

表と裏は、ちょっとしたきっかけで簡単に入れ替わるものなのかも知れない。


……やるか。

いつもの公園、佐倉と二人きり、周りには誰もいない。

しかしやるにしても、いったいどんな方向性で攻めればいいのか。

自分がされて悦びを覚えそうなものを考えてみる。

佐倉に罵倒される→そんなに悪くは無い。

佐倉に命令される→ちょっと心地いい。

佐倉にエロいことを強要される→かなり嬉しい。

……あれ? もしかして俺ってMじゃね!?


「間抜けな顔をして何を考えてるの?」

佐倉が俺の顔を覗き込んでくる。

余計な一言が付いているが、うん、悪くない。

じゃない! このままでは俺は佐倉の手によってドMにされてしまう。

「二人でいるのに、他のことを考えてたら許さないわよ」

ああ、心地いいなぁ。

じゃねえ! 

俺は男を取り戻す! 何も思いつかないが、とにかく実践あるのみ!

「美由紀!」

「何?」

「お手」

何故か判らんが、取り敢えず口から出た言葉がそれだった。

「……」

何がしたいのか判らないけど、という顔をしながら、佐倉は俺の手のひらに自分の手のひらを重ねる。

「おかわり」

これでいいの? と言いたげに首を傾げながら、今度は犬っぽく手をグーにして、ちょこんと俺の手の上に乗せる。

かわいー。

思わず頭を撫でてしまう。

って、こんなの可愛いだけじゃねーか! 主従関係のようではあるけど、俺が求めているのはこんなんじゃない。

よし、一気にハードルを上げてやる。

「美由紀、ほっぺにキスしろ」

ハードル上げすぎかもだが、もう引き返せない。

「いきなりどうしたの?」

「いいから黙ってやれよ」

「はぁい」

え? 何その素直な可愛い返事。

……。

右の頬に柔らかい感触。

ほんの一瞬なのに、まるですべてが満たされるような時間。

「ご満足いただけましたか? 誠くん」

……何これ? 

何かヤバい! うわーってなって、うおーってなる!

「美由紀、美由紀!」

満たされたはずなのに、何か渇望のようなものが湧き上がってくる。

「なぁに?」

「胸、揉ませてください」

いつの間にか命令じゃなく、お願いになってしまっているが、そんなことはどうでもいい。

俺はもう止まれないのだ。

「切り落とすわよ」

何を!?

止まれないはずが簡単に止まれた。

暴走しかけた自分を恥ずかしく思うと同時に、拒絶されたことが悲しくもある。

無茶を言ったのは自分だと判ってはいても、男ってのはホントどうしようもない。

「そんな捨て犬みたいな顔しないで」

呆れたようでいて、少しばかり優しい顔。

甘えたくなるけど、今の自分にそんな資格は無い。

「もう、ほら」

佐倉が自分の膝をトントンと叩く。

え? 何?

「特別に、膝枕を許可します」

「いや、でも」

「嫌ならいいのよ?」

「待ってくれ! その、お願いします」

「どうぞ」

少し緊張しながら、そして胸を高鳴らせながら、俺は佐倉の太腿に頭を乗せた。

柔らかくて、いい匂いに包まれる。

佐倉は俺を見下ろして、ちょっと恥ずかしそうにしながら、優しく笑ってくれる。

佐倉に見下ろされるのは心地よかった。

お預けされても、何かご褒美がもらえるなら嬉しかった。

結局のところ、SとMはそう簡単には切り替わらないのだ。

少なくとも、俺と佐倉においては。

佐倉のSと望月のM。

俺は、それでいいと思った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る