第46話 迷子 2
10分ほど経ったが佐倉は戻ってこない。
さすがに間が持たないので、スマホで動画を見せたりゲームをしたりする。
こうなると最初から交番に連れて行った方が良かったかも知れない、と思った頃、警察官がこちらに向かって来るのが見えた。
誰かが呼んでくれたのだろう。
「お巡りさん、コイツです」
あれ? なんかネットでよく目にするようなセリフが聞こえてきた。
それにしても失礼だ。
いくら子供とはいえ、この子です、と言うべきだろう。
「キミ、名前は?」
警察官の言葉を聞いて、そう言えばこの子の名前をまだ聞いてなかったことに気付く。
「おい、お前の名前はなんて言うんだ?」
「違う違う、そこのお前だ」
え? 俺? なんで? っていうか、やっぱり?
……判ってたんだ、最初から。
俺が女児と戯れる絵面に、微笑ましさなんて微塵も感じられないってことを。
だが! 俺には証人がいる! 目の前の店の人が、一連のやり取りを見ていたはずだ!
俺は縋るように、その店の店員に顔を向けた。
「あなたが電話を?」
「ええ、さっきも綺麗な女子高生が心配して声を掛けたようなんですが、どうやら上手く言い逃れたようで、それで心配になって」
アンタか!
「その子が防犯ブザーを出した時も、上手く言いくるめたみたいで、たぶん凄く口が立つんだと思います」
どっちかと言えば口下手なんだが……。
「キミ、ちょっと交番まで来なさい」
「いや、俺、制服だし高校生ですよ!?」
「だから何だ? 高校生にだってロリコンはいるだろう」
「ちょ、ロリコンって、俺、彼女いますし!」
「ふざけたこと言ってないで、いいから来なさい!」
彼女がいると言えばふざけたことになるのか!?
ブサメンに人権は無いのか!
警察官が俺の腕を掴む。
痛いのは腕なのか心なのか。
いつの間にか人だかりが出来ていて、女児の方は訳が分からず怯えている。
……でも、いい子だ。
確かにその子は、俺を心配するような目をしてくれたんだから。
「大丈夫だから。お前はお姉ちゃんが戻ってくるまで、ここを動くなよ」
俺はそう言って、その子の頭をポンポンと叩き、安心させようと笑った。
あ、俺の笑顔はよろしくなかったか、と思ったけど、ちゃんと伝わったみたいで女児も笑う。
俺の脳裏には、ドナドナが流れ出していた。
ふっ、俺は仔牛なんて可愛いもんじゃないな。
でも、あの子が最後に笑ってくれたなら、俺はそれでいい。
何やら俺の中で、美化された物語が構築されつつあった。
「何があったの」
低く澄んだ声。
相手を射抜くような瞳。
人だかりの中から現れた佐倉は、やっぱり群を抜いて綺麗だった。
佐倉の鋭い視線は警察官に向けられていた。
ある程度の状況は把握しているのだろうか。
佐倉の後ろからは、女児の母親と思しき人が飛び出してきて、我が子を抱き締める。
不安げだった女児は、もう満面の笑みで、俺のことなど忘れてしまったみたいだったが、まあそれでいい。
「えーっと、君は?」
佐倉の眼光に戸惑いながら、警察官は訊ねる。
「あ、その子です、さっき話した女子高生。やっぱり心配になって戻ってきたんですよ」
答えたのはさっきの店員だ。
佐倉の視線は、警察官からその店員へと移動した。
ぞわりと背筋が震えるような冷酷さを湛えた瞳に、彼氏である俺ですら恐怖を覚える。
同時に、怖いくらいに綺麗だ、とも思う。
「私の彼氏が何か?」
「え?」
そう反応してしまったのは、俺だった。
いやまさか、こんな人混みの中で宣言するとは思わないし。
「君、見たところその男子生徒と同じ学校のようだね。気持ちは判るけど庇わない方がいいよ」
「いえ、そのお嬢さんが私を探しに来てくれて、その間、そちらの方がウチの子を見ててくれたみたいなんです」
女児の母親の助け舟で、場の空気が変わる。
店員はおろおろ、警察官はキョロキョロ。
「あなた方、彼に何か言うこ──」
「行こう、美由紀」
「ちょっと、酷い扱い受けたのよ? このままでいいわけないじゃない」
「いいよ。お前との時間が無くなる。勿体無い」
べつにカッコつけたわけじゃなくて、わりと本心だった。
過去にも似たようなことがあって、いなくなった猫を探していた子供を手伝ったら職務質問されたし、スマホで何となく夕陽を撮っていたら盗撮と勘違いされた。
ただしイケメンに限る、という言葉を、どれほど羨んだか判らないけれど、今の俺には、こんなに綺麗な子が助けに来てくれる。
助けるのが俺の方ではないのがちょっとアレだけど、嫌な気持ちなんて吹き飛ばしてくれる。
「あの警官と店員の顔は憶えたわ」
佐倉には不満が残ったようだ。
でも、そうやって俺のために怒ってくれるだけで、俺がどれだけ救われていることか。
「あの女の子が、笑って手を振ってくれたんだから、もういいじゃないか」
「あれは男を見る目だったわ」
何を言っとるんだコイツは。
珍しく俺からそっと手を繋ぐ。
佐倉は少し驚いてから笑顔を零し、俺の肩にその小さな顔を凭せ掛けた。
「あー、雨、上がってるな」
商店街の外に出ると外はもう薄暗くなっていて、傘を差している人もいなかった。
「傘、勿体無いことしたなぁ」
「いいわよ、べつに」
「でも、普段そんな安物の傘使ってないだろ」
「いいの。こうやって一つずつ、あなたとの思い出の品が増えていくんだから」
佐倉はそう言って、宝物が増えた子供みたいに無邪気な顔をする。
ヤバいなぁ……。
好きになったのに、また好きになっていく自分に、俺は途方に暮れるのだ。
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