第45話 迷子 1

学校の帰り道、家の最寄り駅で下車すると弱い雨が降っていた。

傘を持っていない人が、小走りで道路を横切る。

「美由紀、今日は真っ直ぐ帰った方がいいんじゃないか?」

空を見上げると、それほど強く降ることは無さそうな雲行きだったが、かと言ってすぐに止むようにも見えない。

「そこのコンビニで傘を買ってくるわ」

「あ、じゃあ俺も」

「一本でいいわ」

俺を制止して佐倉はコンビニへ入る。

入れ違いで出て来た客が、振り返って佐倉を見る。

そういった光景は、もうだいぶ慣れた。

二人で歩いている時の、「え!?」「なんでこんなヤツと!?」という視線には、まだ慣れないけど。


今日は駅前の商店街を通ることにする。

いつもは人が多いから避けているのだが、アーケードなので雨を気にしなくていい。

もっとも、佐倉の方は不服そうで、買ったばかりの傘で俺の脚を小突く。

甘噛みするような優しい突き方で、甘えながら拗ねているのだと判る。

もちろん、俺は甘噛みしたこともされたことも無いけど。

商店街の中ほどまで来たところで、挙動のおかしな女の子を見かける。

小学校二、三年といったところだろうか、キョロキョロしながら行きつ戻りつしている。

俺の挙動がおかしければ、いわゆる挙動不審というヤツで、「何をする気だ」と思われるのだが、女の子の場合は「どうしたんだろう」になる。

「迷子かな」

「そうみたいね」

しばらく様子を見てみるが、親らしき人物は現れない。

女の子の顔は、みるみる不安に染まっていく。

「誰と来たんだ?」

堪りかねて声を掛ける。

「あっち」

……。

「美由紀」

「何よ?」

「こいつバカだ」

頭を叩かれる。

「誰と来たの?」

佐倉が同じことを訊ねる。

どうせ次は「こっち」とか言うに決まっている。

「お母さん」

差別なのか!?

俺は人知れず傷付きながらも、子供の目線に合わせて話し掛けることにした。

「どこではぐれたんだ?」

「お母さん」

差別かよ!

「お母さん、どこでいなくなっちゃったの?」

「あそこの店の前」

俺はもはや隠しきれないほどの傷を負ってしまったようだ。

何故なら、佐倉がそれに気付いて、頭をポンポンと慰めるように叩いたのだから。

「親と逸れたのがそこなら、あまり動き回らない方がいいな」

「そうね。あなたはその子に付いていてあげて。私はそれらしい人がいないか見てくるわ」

え? その役割、逆の方がいいんじゃ、と思った時には、佐倉はもう人混みの中に紛れ込んでいた。

まあ仕方ない。

俺がお母さんを探してキョロキョロしたところで、やっぱり挙動不審になるに違いないし、ここにいれば周りの店の人達も、俺が佐倉と一緒にいたのを見ていただろうから、怪しむ人がいても弁護してくれるだろう。

「携帯電話は持っていないのか?」

俺は期待をせずに訊いた。

女児は小さな鞄をごそごそし始め、中から何やら取り出す。

「おっと、それは安全なところに仕舞っておけ」

俺は思わず後退った。

防犯ブザーだった。

だが女児は面白がって、吸血鬼に向ける十字架のように、ずいっと防犯ブザーを俺に向かって突き出す。

俺もお道化て両手を上げる。

「うっ、苦しい、やめてくれぇ」

俺の大袈裟な演技にキャッキャと笑って喜んでくれるので、悪い気はしない。

大袈裟な演技から、そのまま百面相へと移行し、俺はブサメンをフル活用して大いに女児を笑わせる。

思わぬところでブサメンが役に立った。

佐倉との間に子供が出来たら、こんな風にして遊ぶのかなぁ……って、何を考えてんだ俺は。

それにしても、佐倉はまだなのか。

何となく人目が気になり出して落ち着かなくなる。

早く母親が見つかればいいのだが……。

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