第41話 石田の事情 2
「石田君、ちょっと」
いつものメンバー、いつもの掃除の時間。
西日の射し込む窓を背にした佐倉は、髪がキラキラ光ってとても綺麗なのだけど、表情は厳しく、声も鋭い。
あいつ、何を言う気だ。
「最近のアナタ、ちょっとウジウジして鬱陶しいのよ」
スゲー、ど直球だ!
俺は自分の彼女が怖くなる。
「その、ごめん。気を付けるよ」
石田は素直に謝るが、恋愛感情ってものは、そう簡単に割り切れるものでもないだろうし……。
「誠君、ちょっと」
え? 俺も呼ぶの?
佐倉が何を言い出すのか、俺も石田もその口許を不安げに見る。
「ほら、さっさと打ち明けて玉砕しなさい。いつまでも私の彼氏に思いを寄せられても困るのよ」
え? こいつマジか?
「ちょっ、佐倉さん!」
当然だが、俺より石田の驚きの方が大きい。
いや、驚きという表現では単純過ぎる。
どこか悲壮とも言える表情と、怒りの混じった視線。
それでも、佐倉は気にした風もなく、静かに話し出す。
「あの頃、私は静観してた。今でも同じようなことがあればそうしてると思うわ。誹謗中傷、侮蔑や嘲笑、あんな屑みたいな連中と同調するのはまっぴらだし、対立して関わるのもまっぴら」
「……」
「あの頃、あなたとずっと仲が良かった男子がいたわよね」
石田が目を見開く。
それは、驚いたからと言うよりは、何か痛みが走ったからのように見えた。
佐倉、関わるのはまっぴらと言いながら、お前はそこまで踏み込んでいいのか?
「その彼は、あの噂が広まってから、あなたと距離を取り始めた。あなたはそれを、酷く辛い記憶として抱えている」
石田の顔が苦悶に歪む。
止めるべきか、佐倉を信じるべきか。
「そんな記憶、さっさと取っ払いなさい。私の彼を信用して砕け散るといいわ」
いや、そんな無責任な。
俺は戸惑うが、石田が俺に顔を向けたとき、俺は覚悟が出来たんだ。
石田の顔は、付き合いたいけど付き合えないと思っていた佐倉と、同じ表情をしていた。
「望月、その、俺……」
ヤバい、思わず石田を抱きしめそうになってしまった。
佐倉の時は異性だったから、簡単にそんなことは出来なかったが、石田は同性なので、その辺の壁が低いというか、つい、友情みたいな感覚でやってしまいそうになる。
けれど、これは恋愛感情なのだから、軽はずみなことは出来ない。
「その、理由は色々あるんだけど、俺、何て言うか、望月のこと、好きっていうか、あ、でも、気持ち悪いとか思ってくれても……」
なんで、人を好きっていう気持ちを口にするだけで、こんなにも躊躇わなければならないんだろう。
なんで、こんなにも申し訳なさそうな顔をしなきゃならないんだろう。
だから俺は精一杯の誠意を。
「ありがとう」
「え?」
「俺は女の子が好きで、何より佐倉が好きだから、石田の気持ちには応えられないけど、好きになってくれた気持ちは嬉しいから。だからごめん。これからも友達でいてほしい」
「うん……うん、ありがとう……」
涙ぐむ石田を、俺は今度こそ抱きしめようと──
「はい、そこまで」
佐倉に阻止された。
「というわけで、誰かを好きになるのは仕方ないことなんだから、その感情に罪悪感を持つ必要は無いのよ」
「そうだね」
「中学の時みたいなカスばかりじゃないんだから、気持ちを受け止めてくれる人は必ずいるの」
「うん、佐倉さんもありがとう」
「私はべつに、彼氏に横恋慕されるのが鬱陶しかっただけよ……」
「うん、それでも」
「まあお互い、趣味が最悪だったわね」
「そうだね」
そう言って二人で笑い合う。
……俺は笑えなかったけど。
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