第29話 勉強会の誘い

下校時間の駅は、登校時間に比べればそれほど混んでいない。

改札を抜けると、ちょうど電車が発車するところで、急げば間に合ったが俺はそれを見送った。

「どうして、乗らなかったの?」

学校から駅まで、俺の少し後ろを歩いていた佐倉が追い付いてくる。

付き合っているわけでも無ければ、一緒に帰る約束をしてるわけでも無い。

帰る方向が同じというだけのことかも知れないが、何となく、待つのが当たり前だと思った。

佐倉にとってはそうでもないのだろうか?

いや、でも、佐倉の呼吸はちょっと乱れている。

もしかして、追い付こうと走ってくれた?

「あれ、二人って一緒の方向?」

石田が爽やかに登場。

その瞬間から、第三者から見れば俺は邪魔者に成り下がる。

「石田って電車通学だっけ?」

「いや、俺は友達の家で勉強会。テストも近いしさ」

確か、石田の成績は極めて平均的なものだったと思う。

石田のことだから、向上心というよりも女子との勉強会を楽しむ、という可能性もある。

「電車が来たわよ」

佐倉が石田を促した。

ホームに入線してきたのは普通電車だ。

「あ、俺、急行に乗るんだ」

「普通なら座れるわよ。どうせ大して時間は変わらないわ」

どこまで乗るのか知らないのに、よくもまあ。

「そういやそうだな。じゃ、座って行くか」

俺も石田の後に続いて乗り込もうとすると、佐倉に肩で妨害される。

何故!?

そこでちょうど扉が閉まった。

石田が扉の向こうで、「え? 乗らないの?」と言っているかは判らなかったが、イケメンに有るまじきマヌケな顔で口をパクパクさせていた。

「えっと、追い払った?」

「私、何事も中途半端って嫌いなの」

「何が中途半端なんだ?」

「彼の成績、優しさ、顔、その他諸々」

「顔!?」

「ええ、中途半端なイケメンね」

俺にとっては衝撃だ。

そりゃあ、佐倉と比べればレベルは違うかもだが、あれを中途半端と言われると……あれ?

中途半端が嫌いってことは──

「俺が突き抜けたブサメンってことか!?」

佐倉が笑う。

それは割といい笑顔で、少なくとも嘲笑には見えない。

「あなたって、やっぱりそこに食いつくのね」

「どういうことだよ?」

「自分で考えてみれば?」

今度は悪戯っぽく笑う。

そこに食いつくのね、ってことは、そこ以外に意味がある?

成績? 優しさ?

っ!

何となく、佐倉の言わんとすることを理解して、俺は顔が熱くなった。

「ちょっと、あなたが照れると私が恥ずかしいじゃない」

そう言われると、更に恥ずかしくなる。

でも、佐倉は俺を買い被り過ぎなんじゃないかなぁ……。


俺と佐倉は急行電車に乗った。

次の通過駅で石田の乗った普通電車を追い抜く。

何だか申し訳ない気持ちになったので、俺は普通電車に向かって手を合わせた。

それを見た佐倉が、くすっと笑う。

扉を間に挟んで立つ二人に、あまり会話は無い。

付き合うためにはもっと会話を弾ませて、より親密になる必要があるような気もしたけれど、俺には何となく居心地のいい空気に思えた。

結局、美旗には佐倉のことは相談出来ていない。

佐倉は次の休み時間に戻ってきたし、佐倉のいる前で美旗に色々と話すのは、また佐倉を不安にさせてしまいそうで嫌だったからだ。

佐倉は窓の外を見ている。

流れる風景に目をやっているのかと思いきや、何故か表情がコロコロ変わる。

難しい顔をしたかと思えば、口元が緩んだり、時には目を伏せて溜息をついたりした。

俺の家の最寄り駅で下車する。

佐倉の家の最寄り駅である次の駅は、急行停車駅ではないので佐倉も降りる。

佐倉は、さっき追い抜いた普通電車に乗ることになるわけだ。

「じゃあ、また明日」

佐倉は俯いて返事をしない。

「どうした?」

「えっと……」

躊躇いがち、というか、モジモジ?

「何でも言えよ」

「あの、迷惑でなければ、なんだけど……」

「うん」

モジモジ。

ソワソワ?

なんか可愛い。

佐倉の返事を待つことは、全く苦痛じゃない。

……。

苦痛じゃないけど、長すぎないか?

もしかして、良くない話?

そんな不安が芽生えた頃、佐倉は意を決したように顔を上げた。

「今から私も、勉強会がしたい!」



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