第25話 佐倉のおかげ
「おっはよー……何この空気」
今日の四番手登校は石田だった。
固まっている佐倉、ニコニコしている美旗、狼狽えている俺。
「ていうか、その子誰!?」
固まっている佐倉、ニコニコしている美旗、狼狽えている俺、ビックリしている石田。
あ、もう一人来た。
固まっている佐倉、ニコニコしている美旗、狼狽えている俺、ビックリしている石田、二次元情報紙を見る牧村。
「席に……戻るわ」
石田や牧村がいては、さすがに話の続行は無理だろう。
「美旗さん、すげーイメチェンじゃん!」
石田はまだ興奮している。
「えへへー、イメチェンっていうか、元に戻しただけなんだけどねー」
「へー、どういう心境の変化?」
「心境の変化っていうか、モッチーがこっちの方がいいって」
「言ってねー!」
「言ってないけど態度で言ってたよね?」
ぐっ! 否定出来ん。
いや、そんなことよりまた腰を浮かしかけた佐倉が怖い。
「そっかー、美旗さんて望月と仲がいいと思ってたけど、外でも会ったりしてるんだ?」
「うん!」
いや、嘘ではないけど一回だけだよね? て言うか怖いからヤメテ。
「まあ望月なら、今の美旗さんの方が似合うと思うよ」
怖い怖い、ヤメテヤメテ!
「私もモッチーなら地味な方が合うかなって」
「地味って言っても、可愛さなら倍増してるよ。な、望月!」
怖い、マジ怖いから!
佐倉が筆記具入れからカッターナイフ出してるから!
「石田、頼むから席に戻ってくれ」
「え? ああすまん! 二人の邪魔しちゃ悪いよな!」
石田は気を悪くした様子も無く、佐倉と俺の間の空気だけ悪くして、爽やかな笑みを浮かべて去る。
佐倉はこっちに向かってくるどころか、視線も向けない。
ただカチカチとカッターの刃の出し入れをしている。
威嚇行為なのか、ただ苛立ちを紛らしているだけなのか。
しかしカッターナイフなんか弄ってるとあぶな──
「痛っ!」
「!」
あの馬鹿!
俺は咄嗟に佐倉の許へ駆けつけると、ポケットティッシュを出して、その細い指を包んだ。
ティッシュがみるみる赤く染まる。
ったく、イライラしながら刃物なんか触るから。
「保健室、行くぞ」
指だけでなく、掴んだ腕も細い。
「一人で行くわ」
振り払おうとする力も弱い。
高飛車で、我儘で、口も悪いし、性格もいいとは言い難いけど、誰よりも綺麗でか弱い女の子だ。
本当なら俺は、女の子の腕なんて掴めない。
触れるということは、とてもハードルの高い行為で、気持ち悪がられたらどうしよう、嫌な顔されたらどうしよう、悲鳴を上げられたらどうしようとか、そんな不安ばかりを想定してしまう。
触れるどころか、話しかけることすら、ちょっとした勇気が必要で、時にはそれで根暗に思われたり、無愛想と受け取られたりする負の連鎖に陥ることもある。
そんな俺が、こうやって佐倉に触れることができるのは、コイツが俺なんかを好きになってくれたからだ。
自分を好きでいてくれるということの喜び、自分を見ていてくれて、知ってくれているということの安心感、こうやって、助けることに躊躇う必要が無いことの嬉しさ。
全部、佐倉のおかげなんだ。
「一人で歩けるから離しなさい!」
まだ始業前だから、廊下には他の生徒もいて、俺達は注目を集める。
そりゃあ、あの佐倉の腕を俺が掴んでるんだ、好奇の視線は免れない。
ある意味、痛快とも言える。
「なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪い!」
罵倒しても、真剣には腕を振りほどこうとしない。
佐倉の罵倒には、蔑みも、嫌悪も、憐れみもなく、ただ表面的な言葉を、極端に言えば、「音」を発しているだけだ。
罵倒するために罵倒しているだけで、そこに悪意なんか無かった。
だから俺は傷付かない。
だからお前は、傷付いても、傷付かないで。
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