第24話 鬼神さま
ほっぺにチューは、デートのうちに入るでしょうか?
……ダメだ、佐倉に許される気がしない。
気持ちを受け取っただけで受け入れたわけではない! 事故みたいなものだ!
と強弁したところで、鬼みたいな形相でやり返されそうな気がする。
いや、間違いなく殺られる。
……隠しておくか。
何も正直になることばかりが美徳ってわけじゃない。
平穏な生活を維持するためには、ささやかな秘め事に過ぎないと言えるだろう。
「モッチー、さっきからさくっちがソワソワしてるよ?」
いや、それに気付いているから俺は戦々恐々としとるのだ。
しかも試験も迫っていて勉強もせねばならんというのに。
ったく美旗のヤツ、面倒事になるようなことをしやがって、ちょー柔らかくていい匂いがしたじゃねーかクソ!
あー、それも勉強が手につかなくなる理由でもあるんだよなぁ。
「モッチー、ソワソワしてるとこ悪いんだけど、さくっちがめっちゃソワソワしてるよ?」
人が敢えて気付かない振りをしてるのに美旗ときたら……。
つーか、あんなことするからお前にもちょっと緊張してんだよ、気付けよコノヤロウ! この純朴天然田舎娘が!
佐倉は佐倉で、土曜のデートの結果が気になって仕方ないらしく、もはやソワソワがイライラに変わりつつあるように見受けられるし。
「モッチーさ、そんなに勉強して、何か目指してるものでもあるの?」
俺が返事をせず勉強している振りを続けるものだからか、美旗は違うことを言ってきた。
「政治家になるためだ」
「え、マジで!? 政治家になってどうするの?」
「そんなもんブサメンの地位向上に決まってんだろ」
「モッチーは別に地位低くなくない?」
「いや、低いね」
俺は得意気に言い放った。
自分の地位の低さで得意気になる理由は意味不明だが。
つーか、ついチラチラと美旗の唇に目が行ってしまう。
「そっかぁ、私がキスしたくらいじゃ、カーストは上がらないんだぁ」
そのプルップルの唇の動きを見ていたら俺は──え?
「おま、今なんてっ──」
俺が言葉を言い切る前に、それは不吉な音によって遮られた。
勢いよく立ち上がった時に、椅子が後ろに倒れる音だ。
いや、倒れるじゃなくて、弾き飛ばされる音?
その音は、あるいは終焉への序曲だったのかも知れない。
「キス、ですって?」
何か禍々しいオーラを纏って、立ち上がった佐倉がこちらを見据えた。
鬼神、爆誕!
俺、終わった。
「美旗」
「なにー?」
「俺、天国に行ったら、彼女つくるんだ」
「死亡フラグじゃなくて死んでからの話!?」
ゆっくりと、だが確実に迫り来る足音。
それが、俺の目の前で止まる。
ピカピカに磨かれた、綺麗なローファーが目に入る。
ああ、コイツはこんなところまで完璧なんだなぁ。
そしてたぶん、あらゆることに対して潔癖なんだろうなぁ。
黒いストッキングに包まれた細い足首と、校則をきっちり守った長いスカート。
様式美とはこのことか。
あ、もしかして俺、現実逃避してる?
「美旗さんの、今までとはあまりに違う見た目に、大したリアクションをしないのは何故?」
「いや、それは」
「つまり、デートの間に俺好みの女に仕立て上げたってことかしら?」
「違う! 話を聞いてくれ!」
「女は男で変わるって言うものね。つまりあなたは、美旗さんを女にしたってこと?」
「え? 私、もともと女だけど?」
美旗、頼むから黙っててくれ。
男女間の事情に詳しそうなナリをしていたのに、蓋を開けたら純朴天然田舎娘みたいなことを口にするのは反則だ。
「腐れビッチは黙っててくれる?」
「腐れビッチ?」
純朴天然田舎娘は、腐れビッチを御存知じゃ無かった。
天真爛漫、純粋乙女な顔をして、佐倉を見上げる。
そして、空気を全く読まずに言った。
「さくっちって、モッチーのこと、ちょー好きだよね?」
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