第23話 美旗とデート

電車に一時間ほど揺られて、隣県のとある駅に辿り着く。

無人駅で、駅前には看板の文字が薄れて読めない個人商店が一軒。

人影の無い閑散とした風景だが、桜の木が沢山植えられているから春には華やぐだろうな、ということを前回にも思ったはず。

デートを承諾、と言うと何か偉そうだけど、昨日、美旗にそれを伝えると、この駅を待ち合わせ場所に指定してきた。

もしかして美旗も同じ電車に乗っているんじゃないかと思ったが、駅で降りたのは俺一人。

次の電車だと30分後になるし、学校でも遅刻をしたことのない美旗が遅れるとは考え難い。

この町にいるであろう友達の家にでも泊ったのかも知れない。

「モッチー」

てっきり駅前の通りから現れると思っていたのに背後からの声。

振り返ると美旗が──美旗!?

「どしたん?」

「いや、おま、美旗?」

「え? 私だよ、ほら」

何故か横ピースで美旗自身であることを主張。

何となくギャルっぽい行為に見えなくもないけど、そもそもお前が横ピースするのを初めて見るんだが……。

「正直、驚いた」

すっぴんの美旗は、いつもより子供っぽくて、どこか垢抜けない可愛らしさがあった。

「ホームで待ってたのに、モッチーったらさっさと駅から出ちゃうしさ」

「すまん。ていうかお前、話し方までいつもと違わない?」

「んー、こっちが素かな」

そう言って笑うと、いつもの美旗っぽい表情が見え隠れする。

「都会人に舐められちゃいけないと思って、転校デビューしたのでしたー!」

でしたー、って、何か可愛いじゃねーかちくしょう。

「ここを待ち合わせ場所にしたことで、もう判ってると思うけど私はここの出身だから、まずは地元を案内しちゃうよ」

元気よく歩き出す。

ギャルじゃなくて、完全に田舎の子だ。


「じゃーん」

何だか大袈裟な効果音付きで紹介されたのは、ごく普通の小学校だ。

「私が通ってた小学校でーす」

ごく普通の小学校ではあるが、美旗が通った小学校でもあり、俺も知っている小学校でもある。

避難場所にもなっていたし、瓦礫やゴミの臨時置き場にもなっていた。

学校の周りには既に収穫を終えた田圃が広がっていて、美旗はこんなところを駆け回っていたのだろうかと考えたりした。

前回来たときは、辺り一面、水溜まりのようになっていたけれど。

美旗は楽しげに歩き、俺はその後をついていく。

学校から歩いて数分のところに、何か商店だったと思われる民家があって、今はひっそりと扉を閉じていた。

「ここのお婆ちゃん優しかったんだけど、私が中学のときに閉店しちゃって」

そう言って笑う美旗は、まるで中学生みたいだった。

いつもは教室で座って喋るばかりだけど、並んで歩けば意外と小さい。


そこからは少し長い距離を歩いた。

途中に、友達の家や、樹齢800年とかいう神社の御神木を見たりした。

美旗は、どこまでも楽しそうだった。

跳ねるような歩み、身ぶり手振りで大袈裟に語られる昔話。

そっか、これはデートだもんな。

楽しくて当たり前だ。

そう思って、俺も楽しむことにした。


坂道を上って真新しい堤防の上に立つと、穏やかでゆったりと流れる川面が見えた。

広い河原には、釣りをする人、キャッチボールをする親子がいて、俺としては違和感を覚えるけれど、これが本来の風景なのだろう。

「小さい頃、お父さんと一緒に、こーんなおっきい鯉を釣ったの」

美旗が両手を広げて、その大きさを表現する。

この川は、美旗にとっていい思い出の場所なのだろうか? 

それとも……。

いや、楽しむと決めたはずだ。

「ガキの頃だろ? 今見たら、たぶんこれくらいの大きさなんじゃないか」

俺は自分のモノの大きさくらいに手を狭めた。

「むー、そんなにちっちゃくないし」

何故かダメージを受けた。


少し下流に向かって歩き、堤防の下に更地の多い場所が見えてきた。

堤防を降りて、その更地の一画で美旗は立ち止まり、しばらく俯いてから──笑顔で言った。

「ここが、私の住んでいた場所」

家族や知り合いがみんな無事、とは言っても、思い出が詰まった我が家が無くなれば、込み上げてくるものもあるだろう。

「私さあ、毎日ダラダラ過ごして、こんな田舎は退屈だとか思って、あの台風が来たときも、学校休みだー、なんて喜んでたんだよね」

まあ気持ちは判らないでもない。

子供の頃は強い風にワクワクしたり、休校が嬉しかったこともある。

でも、台風が上陸する度、必ずと言っていいほどどこかで誰かが亡くなっていることに気付いたとき、俺は逸れることを願うようになった。

「水が引いてから、傾いだ家の前でボーっとしてたら、私と同じくらいの歳の男の子が、泥だらけで動き回ってたの」

「それが、俺?」

「うん。私、それ見てスゲーって思って、自分はダラダラしながら毎日退屈とか言ってたのに、世の中にはこんなことしてる人がいるんだ、無償で、汚れて、キツイだけの作業なのに、こんなに頑張る人がいるんだ、って」

何だか照れ臭くて、俺は俯いてしまう。

自己満足とか承認欲求みたいなものを誉められるのは、少しだけ恥ずかしい。

でも、泥や汗にまみれながら、やれるだけのことはやった、という充足感も無かったわけじゃない。

美旗はそれを見透かしたみたいに、笑みを浮かべながら頷いてみせる。

「転校先でモッチーを見たとき、奇跡だ、って思ったの」

やっすい奇跡だ。

「それ、イケメンだったらドラマチックな奇跡だけどさ」

「私、モッチーの顔、わりと好きだけどなぁ。普通で有り勝ちな顔だったら、転校先でも気付けなかったと思うし」

「お前、それは異常で有り得ない顔って意味だからな」

「もう、モッチーは自分を卑下しすぎだし」

「そうは言っても、ブサメンの誇りは曲げられない」

「しょうがないなぁ。では、この茜ちゃんが、その誇りを打ち砕いてみせます」

そう言って美旗は背伸びして、躊躇いもなく俺の頬に──

キスをした。

「なっ!?」

強烈な不意打ち。

呆然として言葉が出ない。

そんな俺を見て美旗は微笑む。

「やっと言える。あの時は、ありがとう」


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