第22話 許可します

まずは雨の当たらない駅に入って、先日と同じベンチに座る。

人の多いところに来れば、佐倉の美貌を再認識する。

チラチラ見るどころか、目を見開いて見る人もいて、隣にいる俺は得意になるどころか委縮するばかりだ。

『俺のブサメンが悪目立ちして困るのは、どう考えても彼女が悪い』、というタイトルで本が書けそうなくらいだが、誰も読みそうにないので書くのはやめておく。

ただまあ、何となく、赤の他人のような素振りで、佐倉の方は見ずに話すことになる。

決して、佐倉が怖いから目を逸らしているわけではない。

「デートに誘われました」

正直に、ストレートに言う。

「bitchね」

正直に、ストレートな返事が返ってきた。

ネイティブかと思うような素晴らしい発音だった。

「それで、どうするの?」

静かな口調、俯いた横顔。

誰にも負けないほど綺麗なくせに、寄る辺ない子供みたいな姿。

「断ろうと思う」

佐倉のそんな姿を見なくても、俺はそうするつもりだった。

「!?」

何でそんなに驚くんだ。

そもそも俺は、他に彼女が出来ないようにするって約束したはずだろうが。

「いいの? そんなチャンス、一生無いかも、いえ無いわ」

わざわざ言い直して断言する!?

しかし一生って言われると、ちょっと考えてしまうなぁ。

「美旗さん、去年の今頃に転校してきたわよね」

「なんかこの間もそんなこと言ってたな」

季節外れの転校生、ケバいけど可愛いと、当時は話題になった。

「あなたは彼女が転校してくる一ヵ月ほど前、学校に三日間の休暇申請を出しているわ」

コイツはいったい、どこまで俺のことを調べているんだ。

「理由は災害ボランティア。場所は隣県の台風被害が酷かった場所」

「……」

「幸い死者は出なかったけれど、洪水で家を失った人が沢山いた。ボランティアの仕事は主に、泥濘を掻き出すことと、住民の思い出の品を探し出すこと」

9月の初め、まだ残暑が厳しい時期だった。

別に大層な考えや、正義感や理想といったものがあったわけじゃない。

単なる自分探し。

もう少し詳しく言うなら、高校生になって、それなりに平穏な学校生活を送れるようになったものの、特に仲の良い友人がいるわけでもなく、宿題を見せたり雑用を引き受けたりするだけの毎日に、何となく不安のようなものを覚えたから。

自分の存在意義だとか、誰かに認めてもらえるだろうかとか、そんな感じ。

「被災地は、美旗さんの転校前の住所と一致してる」

「!?」

「たぶん美旗さんは、泥まみれになって汚物のようなあなたを……、失礼、汚物のようになって働くあなたを目にしたのよ」

……汚物。

「そりゃあそんなものを見たら、強烈な印象が拭いても拭いても取れない汚れのように頭にこびり付いてしまうわ。家を失って、こっちに引っ越してきたのは偶然だと思うけれど」

コイツは絶対に俺を誉めたくない病にでも罹っているのか。

でも確かに、高校二年生になって美旗と同じクラスになり、初っ端から親しげな美旗には戸惑ったことを憶えている。

誰に対してもそうなのかなと思いきや、美旗は意外と喋る相手は少ない。

「そうでもなければ、あなたなんかをデートに誘うわけないもの」

「そうだな」

「……デートに、行けばいいと思うわ」

「は?」

「たぶん、色々と話したいこともあるんだと思う」

「いや、でも」

「あなたは一度くらい、誰かの、心からの感謝を受け取る資格があると思う」

何なんだよコイツは……。

普段、貶してばっかりなくせに、そうやって俺のことを誰よりも見透かして……。

「行って、気持ちを受け取ってくればいいわ」

とても優しい顔に、俺は頷き返す。

「受け取るだけで受け入れては駄目よ?」

少しだけ厳しい顔にも、俺は頷く。

「そして最後は、ちゃんと帰ってきなさい」

「判ってる」

命令口調なのにどこか寂しげな顔に、俺は力強く返事した。

「帰ってこなかったら、殺すわよ」

最後の最後でそれかよ!

せっかくちょっと感動してたのに台無しじゃねーか!

「嘘よ。信じてるから」

「っ!」

本当の最後は、佐倉が初めて見せる、馬鹿みたいに可愛らしい笑顔だった。

くそっ!


ちなみに、朝、傘を持たずに家を出た明梨は、折り畳み傘を鞄に忍ばせていたらしく、雨に濡れずに帰ってきた。

顔は今もはんにゃのままだ。

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