第21話 相合傘で下校

デートって何だろう?

そんなイベント、俺に訪れていい事なのだろうか?

いや、デートの機会さえ駄目なら、俺の人生の目標は、いかに独り身で幸せに生きるか、ということになってしまう。

などと考えていたら、いつの間にか放課後になっていた。

美旗には返事を保留させてもらったが、この俺ごときが返事を保留って、トイレで水を流すのを保留するくらい失礼なんじゃなかろうか。

「今日は掃除はしないの?」

教室に残っているのは、俺と佐倉の二人だけ。

外は、まだ雨が降っているようだ。

「トイレ掃除しなきゃなあ」

何を言っているんだ俺は。

流されずに残ったブツのイメージが頭に残っていたらしい。

「今月はトイレ掃除の当番は隣のクラスよ? もっとも、そんなことは関係なしに、あなたは頼まれたりしてるみたいだけど」

「ん、ああ。教室の掃除も今日はサボるか」

「サボるも何も、私もあなたも掃除当番ですらないけど」

「じゃあ帰るか」

「帰る方向は一緒みたいね」

可愛くないけどそこが可愛い、と思えるくらいには、佐倉のことに親しみを感じている。

何だか当たり前のように、二人揃って教室を出る。

面映ゆいような愛おしいような、そんな気分になる。

ただ、美旗のデートのことは、流し忘れたトイレのことが気になるみたいに、俺の頭にこびり付いていた。

ていうか、頭からトイレが離れないのは何故なんだ……。


「傘を忘れたのだけど」

昇降口を出たところで佐倉が不可解なことを言う。

「来るときはどうしたんだ。朝から降ってただろ」

「傘が壊れたのだけど」

「……」

「どうして素直に、どうぞお嬢様って言えないの?」

「どうして素直に入れてくださいって言えないんだ」

「……入れてよ」

拗ねたように、ねだるように、そして少しだけ怒ったように。

ヤバい、佐倉みたいに鼻血が出そうになる。

「どこに入れてほしいんだ?」

あれ? 無意識に何か口走ってしまう。

「は? 傘に決まってるでしょう。あと、鼻水が出てるから拭きなさい」

鼻血じゃなく鼻水だった!

「勉強し過ぎで風邪でもひいたんじゃないでしょうね」

差し出されるハンカチ。

「え?」

「いいから使いなさい」

聖母佐倉が降臨した!

受け取ったハンカチはいい匂いがして、俺はスーハーしたくなるのを必死に堪え、迷わずポケットに仕舞う。

「なっ!?」

「これでおあいこだろ」

佐倉は顔を赤くして、何も言い返してこなかった。


それにしても、明梨にしろ佐倉にしろ、強引なくせに遠慮がちというか、それなりに濡れてしまう位置に立つ。

わざとらしいくらいに佐倉の方に傘を傾けると、ちょっと窺うような目をしてから徐々に距離を詰めてくる。

ハンカチと同じいい匂いが、雨の匂いに混じる。

肩が触れると少し離れ、また触れては離れを繰り返すうちに、触れている時間の方が長くなる。

「佐倉は一日どれくらい勉強してるんだ?」

ドキドキしながら佐倉に話しかける。

考えてみれば、俺はまだ佐倉のことをほとんど知らない。

「今は二人だけど?」

何を言っているんだコイツは?

「いや、佐倉の勉強時間の話なんだが」

「今は二人だって言ってるの!」

やべー、何言ってるのか全然わかんねー。

「二人の時は何て呼ぶって言ったのよ!」

あ──

いや、でも……本当に?

「美、由紀?」

「そ、そそうよ」

「美由紀」

「なな何?」

「み、美由紀の勉強時間を」

俺まで緊張してきたじゃねーか。

「そ、そうね、だいたい家では、に、二時間くらいかしら」

「へ、へえ、意外と少ないな」

「……」

「……」

会話が続かない。

「あ、そうだ。傘が無いならお前の家まで送ることになるけどいいのか?」

「駅まで家族に迎えに来てもらうからいいわ」

「そ、そっか」

「……ありがと」

「い、いや」

また無言になる。

でも、傘の下と言うのは雨音が賑やかで、その閉じ込められたような空間が意外と心地良かった。

沈黙は苦痛じゃなくて、佐倉もきっと、それは同じで──

「そう言えば、お昼休みに美旗さんと何を話していたの?」

同じじゃ無かったみたいだ……。

佐倉は心地良い空間を、あっさり潰しにきた。


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