第20話 デートの誘い

昼休みになっても、まだ雨が降り続いていた。

何となく憂鬱な気分になる。

そう言えば、中学の修学旅行の時も雨だった。

東京タワーに上ったが、天気のせいで遠くは望めず、眼下の蟻のように小さな人を眺めるだけで終わった。

誰かが定番のネタ、『人がゴミのようだ!』と言ったので、『俺はゴミのようだ!』と自虐ネタをかましたら、何とも気まずい空気が流れ、みんなの顔を引き攣らせてしまったことを思い出した。

それ以来、自虐は程々に、ということを肝に銘じた。

結局のところ、自虐ネタというのは「そんなことないって」というレベルでないと笑えないのだ。

あの頃はまだ俺も若かった。

「モッチー、何か悩んでる?」

弁当を食べていた美旗が、ちゃんと箸を置いてから振り返る。

黄昏ていても腹は減るので、俺も弁当箱を開けようとしていたのだが──すぐさまそれを閉じた。

ご飯の上に海苔で描かれた文字。

今朝、弁当を作ったのは母親ではない?

そういえば昨日、明梨はえらく早くに自室に籠ったが、あれは早起きするためだったのか?

いや、母親も今まで何度か文字入りの弁当を作ったことはある。

『ガンバ』とか『ファイト』とか、わりと在り来たりなもので、それでも恥ずかしいからやめてくれと言ったことがある。

一度、『殺れ』というのがあって、クラスメートに酷くからかわれた次の日のことだったから、何となく苦笑して、それで少し気持ちが楽になったりもした。

だがそれも中学までの話だ。

美旗が、じーっとこっちを見てる。

「食べないの?」

「あ、いや、どうも食欲が──おいっ!」

美旗に弁当箱の蓋を奪われ、赤裸々な姿を晒す『LOVE』の文字。

LOVEって何? 愛って何だろう?

思わず哲学的思考に陥る。

「モッチー……これって……」

美旗の視線は佐倉の方を向く。

「いや、違うから! 妹がいたずらでやっただけだから!」

これは明梨の仕業に違いない。

そもそも母親が作った弁当とはだいぶ違う。

ウインナーは焦げてるし、俺の好きなおかずしか入ってないし。

「へー、愛されてるじゃん」

「ま、まあな」

愛妹弁当というのは、世間的にそれほど動揺する必要は無いのだろうか?

「それでぇ、妹ちゃんの愛が重くて悩んでるとかぁ?」

くっ! 鋭いなコイツ。

だが、妹のことも気掛かりだが、俺が何かに悩んでいるとしたら──

また佐倉を見てしまった。

今日の俺はどこかオカシイのか、授業中も何度か佐倉の方を見てしまっている。

「もしかしてぇ、さくっちのことぉ?」

「さくっち? ああ、佐倉のことか?」

いつの間にそんな風に呼ぶようになったのだろう?

「もしかして、佐倉と仲良くなったのか?」

「んー、仲良くは無いかなぁ。でも、とある事情でシンパシー? 確認したわけじゃないけどさぁ」

女同士の事情なんて俺にはよく判らない。

そもそも、女性に免疫は無いし、言葉を交わした女子なんて数えるほどしかいない。

「モッチーもそうだけどぉ、ああいう不器用な子は嫌いじゃないし」

「不器用? 佐倉が?」

何でもソツなくこなすイメージなのに?

「あれだけのルックスがあったら、人生ちょーイージーモードじゃん? なのに友達は少ないしぃ、どっか窮屈そうに生きてる感じ?」

何となく、判る気がした。

全く縁の無い、考え方も生き方も全てが違う人種と思っていた佐倉が、意外と普通に会話が出来て、弱かったり、可愛かったり、我儘だったりして、完璧超人でもなんでも無かった。

そもそも、俺なんかを好きになる時点で、不器用というか、愚かしいというか……。

美旗が俺の顔を、ニマニマしながら見ている。

美旗とも普通に話せるけど、コイツもある意味、不器用なんだろうか?

そんなことを考えていると、美旗はちょっとだけ照れたようにはにかんでからこう言った。

「モッチーさ、今度の土曜、あっしとデートしない?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る