第17話 小悪魔明梨

「私が彼をすすす好きですって? そそそそんなわけないじゃない」

おい、動揺しすぎだ。

明梨は目をすっと細めて、刃みたいな視線を佐倉に向ける。

童顔であどけない明梨が、いつもは見せることの無い表情。

『間もなく、電車が通過します。黄色い線の内側にお下がりください』

ホームにアナウンスが流れる。

ややあって、特急電車が通過する。

轟音と、その後に吹き抜ける風。

二人の髪とスカートは確かに揺れたのに、対峙したまま、微動だにしない。

もっとも、それは明梨だけで、佐倉の方はオロオロと俺を見たり目を逸らしたりしている。

普段の傲岸不遜な態度はどうした?

「わた、私は!」

「何ですか? ちゃんと目を見て言ってください」

はんにゃ明梨は容赦ない。

「わ、私は、望月君のことが……」

佐倉は辛うじて明梨に視線を向けているが、瞬きを繰り返しているから伏し目がちに見える。

俺なんかを好きになってくれた女の子が困っている。

それに、こんな冷たい表情をする明梨は見たくない。

「明梨!」

割と強い口調で言ったつもりだ。

「なぁに、お兄ちゃん」

ぐっ!

なんて愛らしい表情をするんだ我が妹よ!

般若は一瞬にして天使に変わる。

だがしかし! 

今度は佐倉が鬼の形相に変わった!

妹の笑顔にデレてしまったのがいけないらしい。

明梨は佐倉に対して般若、俺に対しては笑顔。

佐倉は明梨に対して怯え、俺に対しては鬼面。

俺はいったいどうすればいいんだ。

「お兄ちゃん、私達って全然似てないよね?」

「あ、ああ。いきなり何だ?」

明梨が俺との距離を詰めてくる。

っていうか近い。

見上げた瞳に映る、俺の姿が認識できる近さだ。

「もしかして、血が繋がってなかったりしてね」

そう言って悪戯っぽく微笑む。

ヤバい! 妹が般若から小悪魔になってしまった。

「な、何を馬鹿なことを」

「だってさぁ」

明梨は少し唇を尖らせながら、俺の胸元に指先を当ててくるくる回す。

くっ、まるで拗ねながら男に甘える女のようじゃないか!

「ちょ、ちょっと離れなさい!」

たまらず佐倉が参入。

実はさっきから駅にいる人はチラチラこちらを見てるし、置いてけぼりをくらった佐那って子も、目を見開いてこっちを見てる。

ブサメンを挟んで超絶美人と可愛い系の女子が、まるで痴情のもつれかのような姿を晒していれば、好奇の視線を向けられない方がおかしい。

まさかこの俺に、転生しなくてもハーレムが訪れるなんて。

片や肉親で、片や付き合わないと断言しているけれど……。

「明梨」

取り敢えず、ここはやはり明梨の方を窘めるべきだろう。

「なぁに、お兄ちゃん」

くっ、コイツ、さっきの懺悔で何か色々と吹っ切れたのか、今までに無い色香を放ちまくりだ。

「いや、その、佐倉はさ、俺のために怒ってくれたのに、あ、いや、お前の友達に水をかけたのはやり過ぎだったけど、でも、佐倉にキツく当たるのはやめてくれないか」

一瞬だけ般若の表情を覗かせ、直後に天使の笑み。

正直、妹が怖いと思ったのは初めてだ。

「ふーん、そっか。今のところ付き合ってないみたいだけど、大事な存在なんだね?」

「ああ。っていうか、佐倉みたいな美人が、俺みたいなブサメンと付き合うわけないだろ」

明梨がニッコリ笑った。

不敵な笑みとも言う。

「ですって。そういうことでいいですか? 佐倉先輩」

「さ、先のことなんて、誰にも判らないんじゃないかな?」

あれ? 俺と付き合わないと断言してたのに。

「あ、お兄ちゃん、もう電車が来るよ、行こ!」

明梨は俺の腕を掴み、強引に佐倉から引き離す。

『間もなく電車が到着致します。危険ですから、黄色い線の内側に下がってお待ちください』

アナウンスと、夕ラッシュが近付いてきて増えた人波。

それらに掻き消される佐倉の声が聞こえた気がした。

明梨に引っ張られながらも振り返ると、ひどく心細げな目をした佐倉が、小さく手を振っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る