第14話 薔薇の乙女

病院からの帰り道、俺は何故か佐倉と二人で歩いていた。

先ほど寄った花屋の前を通ると、店先にあの店員がいて、ニコッと笑ってくれる。

まるで花のようだ。

「痛っ、イタタタタ!」

脇腹を思い切りつねられる。

ご丁寧に爪を立てて、しかも結構な握力だ。

「あなた、雑草が咲かせる花と、手入れの行き届いた薔薇とどちらが好き?」

「え? どっちも好きだけ──痛い痛い!」

的確に同じ場所をつねってくる。

つまりあれか、佐倉は自分を薔薇と言いたいわけだ。

まあ棘だらけで触れると痛い目を見るであろうところなんかは薔薇と言えなくもないが、俺はもっと綺麗な花に譬えてもいいのではないかと思っている。

「あのクソビッ──美旗さん、どうして病室に残るって言ったのかしら?」

心の中で褒めたばかりなのにコイツは……。

というか、病室で交わした笑顔は嘘だったのか?

「私には敵わないと思ったのか、それとも何か作戦があるのか……」

病室を出るとき、振り返った俺に美旗が投げキッスをしたのは内緒だ。

もっとも、投げられたそれを受け止めることが出来ず、まるで剛速球に身体をブチ抜かれたような衝撃を覚えたのだが。

まさか俺の人生に、リアルで投げキッスを貰う日が来るとは。

「なに笑ってるの? その顔、不快だわ」

「ごめんなさい」

顔のことを言われると、条件反射で謝ってしまう。

知らず知らずに頬が緩んでいたようで、気を付けねば。

「くすっ」

人の笑顔を全否定した女が何故か笑う。

「何がおかしい?」

「考えてみれば滑稽よね。私はあなたと付き合わない。でもあなたは私に約束したから、仮に美旗さんがあなたを好きだとしても付き合えない。それから……あなたの妹も怪しいと思ってるけど、兄妹だから当然付き合えない。どう転んでもあなたには彼女が出来ないのよね」

それって、笑うことなんでしょうか?

「お前は俺が約束を反故にするとは考えないのか?」

「……いつだって不安だわ」

「え?」

「でも、冷静に考えれば考えるほど、あなたは約束を破るような人間とは思えない。ただ、感情の方は簡単にコントロール出来ないのよ。今だって、美旗さんを排除したいって思ってるもの」

ああ、コイツはやっぱり綺麗だな。

伏せた瞳も、自嘲気味に笑った口許も、そっと髪に触れるその指も。

「お前に告白された次の日から」

「告白はしてないわ。命令したのよ、勘違いしないで」

ちょっと弱さを見せたかと思えば、圧倒的高みからの発言。

まあいい。

「次の日から、勉強時間を増やした」

「?」

「今度の中間テスト、まずは10位以内を目指す」

「それで?」

「学年末には、お前を抜かす」

「……」

「筋トレの時間も増やしたし、夜にジョギングもするようになった」

「べつに私、体力は重視してないけれど?」

「無いよりあった方がいい。いざというとき守れるかも知れないから」

「ふふ、無駄な努力が似合うわね。あなたの成績が1位になろうが肉体的に強くなろうが、私はあなたと付き合うつもりは──」

またか!

「おい、鼻血!」

「え? ち、違うの! これは鼻血じゃないからっ!」

「鼻血じゃなきゃ何だっつーの」

「せ、生理が始まったのかも?」

コイツは生理より鼻血の方が恥ずかしいのか。

「……いいからじっとしてろ」

俺は左手で佐倉の頭を支えながら、ハンカチで顔を拭ってやる。

「ちょっ、触らにゃいでにょ!」

構わずゴシゴシ、といっても綺麗な肌が赤くなってはいけないから撫でるようにだけど、口から鼻にかけてを覆っているせいか、佐倉がモゴモゴと萌え言葉を発する。

あれ、そういえばこの体勢って、なんかキスするときみたいだな。

……目が合う。

随分と近い。

俺の鼓動は高鳴り、佐倉の顔は赤く染まっている。

というか、拭いた鼻血が広がってるだけだった。

もしキスしたら、血の味がするんだろうか?

佐倉はそっと瞳を閉じ──

「は、離れて!」

ハッと気付いたように目を開け、俺を突き飛ばした。

「す、すまん」

「み、見るに堪えなかったから、思わず目を閉じるところだったわ!」

酷いことを言われているというのに、何故か腹も立たないし、傷もつかない。

自分のことを好きでいてくれると判っているだけで、ほとんどのことは許せてしまうし、キツイ言葉も刃にならない。

何より、佐倉の顔は本当に真っ赤になっていた。

こんなの、腹の立ちようがないし、傷つきようもない。

何て言うか、もどかしいような、居ても立っても居られないような気持になる。

ああ、もっと勉強時間を増やそうかなぁ……。


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