第13話 西原先生
病室が静寂に包まれる。
「個室とはいえ、あまり騒がないでくださいねー」
看護師がドアからひょいと顔を出して、その一言だけ言って去っていく。
場違いな空気を残していったが、誰も口を開かず、妙な緊張感が漂う。
美旗は、今ならまだ冗談、あるいは「友達として」と付け加えることが出来るか思案しているようだ。
佐倉は、自分が些細なことに拘ったせいで美旗の爆弾発言を導いてしまったから、これ以上、下手に発言して泥沼になることを警戒しているのか。
まるで、格闘の場面で、先に動いた方が負ける! みたいな張り詰めた空気で、どちらも先に口を開くことを躊躇っている。
自分が唾を飲み込む音が、やけに大きく感じられる。
次に誰が何を言い出すのか、それとも俺が何か言うべきか。
「私はねえ」
最初に口を開いたのは、西原先生だった。
しみじみとした口調は、生きてきた長さを思わせるもので、何の不自然さも無く病室の空気を変えた。
「結婚もせず、長く教師をしているでしょう」
先生の正確な年齢は知らないが、恐らく30年近く教職に就いているだろう。
その間、様々な生徒の、様々な状況に触れて来たはずだ。
「だから結構お金が溜まっちゃって」
は?
「かと言って忙しいから贅沢する暇も無いし」
いったい何を?
「だからこんなときくらい個室に入って贅沢しなきゃね」
そう言ってニッコリ笑う。
ああ、いい笑顔だなぁ、じゃねーよ!
誰もそんなこと訊いてねーよ!
あの佐倉が膝カックンされたみたいなリアクション取るってどんだけだよ!
でも、そのお蔭か、佐倉はやや冷静さを取り戻したようだ。
「み、美旗さん、むきになって有り得ないことを口走ってしまったのは判るけど、今のうちに取り消した方が賢明よ?」
まあ、普通に考えたら、俺を好きになるなんて有り得ないんだよなぁ。
その有り得ないって言った本人が、俺を好きだという有り得ない事実もあるわけだけど。
「佐倉さん」
また西原先生が何か発言するようだ。
「顔だけで有り得ないなんて決めつけるのは、人として寂しいことよ?」
……先生、佐倉は顔のことには一言も触れてないんですがそれは。
「すみません……」
お前もそこで素直に謝るなよ。
俺のブサメンが、みんなが暗黙の了解で認識している共通事項みたいじゃないか。
「あっしは、モッチーの顔を見ると、なんかホッとする」
え?
「それはまあ、私も思わないではないけれど」
ええっ?
二人の意見がまさかの一致!
「ほらね? 誰だって、一つくらいはいいところがあるものよ。私にはよく判らないけど」
そしてまた先生の、空気どころか次元のズレた発言。
ナチュラルに俺をディスっておきながらの無自覚な微笑み。
でもまあ、美旗と佐倉が笑みを交わしたのは奇跡的だ。
これを機に、二人が仲良くなってくれればいいのだけど……。
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