第12話 お見舞い

クラスメートの牧村からメッセージが回ってきた。

担任の西原先生が入院したので、しばらく学校を休むという。

牧村は二次元専門の変態紳士で、現実世界の事柄には何ら関心を持たないから、極めて事務的な文章だった。

恐らく牧村からはそれ以上の情報は聞き出せないだろうから、俺は石田に電話を掛けた。

さすがイケメンで、色んなヤツと情報交換しているらしく、病状から入院先まで教えてくれた。

幸い、大したことはないらしく、一週間ほどで退院するという。

……休日でヒマだし、お見舞いでも行くか。

「明梨―、ちょっと出かけてくる」

返事はない。

昨夜、はんにゃが般若であることを明かしてから拗ねているのだ。

デザートを与えてから般若の話をしたのは失敗だった。

とても喜んで食べてくれたのに、空気が一変してまた般若になってしまった。

「誰がはんにゃよ!」

玄関で靴を履いていた俺の後頭部に枕が飛んできたけれど、明梨は姿を現さない。

たぶん、世界で一番可愛らしい般若だ。


電車に30分ほど乗る。

向かいに座るカップルが声をひそめて笑うと、俺の顔を笑ってるのかなぁ、なんて被害妄想に陥る。

ブサメンにとって、街は戦場だ、とまでは言わないけれど、何かとネガティブな方向に思考が偏りやすい。

そんなことは気にせず前向きに生きているブサメンは尊敬するし、俺もそうありたいとは思うのだけど、自分の意識や気持ちというものは、なかなかままならないものだ。

病院へは駅から歩いて15分ほど。

正直、西原先生とそれほど親しいわけじゃない。

いつもニコニコしている気のいいオバチャンといった風情で、ふくよかな体型をしてらっしゃる。

ただ、俺の苦手な英語を担当しているのだが、その声と発音は、綺麗だなぁ、と思わせるものがあった。

病院の近くに花屋があるのは事前に調べていたので、立ち寄って物色する。

毎日、花瓶の水を換えているから、どの花がどれくらい持つのか大体判るので、一週間ほど日持ちするものを選ぶ。

西原先生が好きであろう花も把握しているつもりだ。

アルバイトと思しき俺と同い年くらいの店員は、俺が指さした五種類の花を綺麗に束ねて満面の笑みを浮かべた。

「いいチョイスですね」

元気な声でそう言う。

「お見舞いですか?」

「あ、はい」

「約1週間」

「え?」

「この花達が萎れる頃には、退院なされることを祈ってます!」

「あ、ありがとう」

俺はその子の笑顔に圧倒された。

決して可愛いわけじゃない。

平凡な、どこにでもいるような女の子だったけれど、その笑顔は、見る人の気持ちを幸せなものにする力があった。

俺は自分の笑顔をキモいと思っているが、自然に、本当に相手のことを想う笑顔ならば、何か伝わるものがあるんじゃないかって感じた。


病室のドアをノックすると、西原先生とは違う声が返ってきた。

誰かお見舞いに来てるのかな?

躊躇いつつドアを開ける。

「モッチー!」

「望月君」

え、美旗と佐倉?

この二人が一緒に来るとは思えないから、たまたま病室で鉢合わせになったのだろう。

「あらあら、望月君まで来てくれて」

西原先生は、何故か目頭を押さえた。

そんな大層な、と思ったけれど、長く生きた人には、俺にはまだ判らない豊饒な感性というものがあるのかも知れない。

「花を持ってきてくれたのは望月君が初めてよ。それも私が好きな花ばかり」

佐倉と美旗が気まずそうな顔をする。

メロンと菓子折りが目に入るが、確か先生は胃炎で入院したはず。

「さっすがモッチー、あっしらダメダメでさぁ」

「あっしらって、一緒にしないでくれる? 私はただ、先生が心配でいち早く駆け付けただけだから。それと、モッチーなんて変な呼び方やめなさいよ」

佐倉はあからさまに不機嫌だ。

でも、わざわざそういうこと言うと、メンドクサイことになると思うけどなぁ。

「おやぁ?」

ほら。

「モッチーが駄目ならぁ、誠君って呼ぼうかなぁ」

普通に俺の下の名前を憶えていてくれたことに喜びを感じるが、佐倉の顔は更に険しくなる。

「まこっち、まこっちゃん、それともぉ、ま・こ・と、とか?」

それ以上挑発しないでくれ。

たぶん俺に被害が及ぶ。

「望月君、あなたは以前、他の人にからかわれるから普通に呼んでほしいってぼやいてたわよね」

ほらきた。

有無を言わさぬ眼光の鋭さ、研ぎ澄まされた美貌を持つ者だけが纏う、圧倒的な威圧感。

「ゴゴゴゴゴゴゴゴー」

「美旗、効果音はいいから」

俺にとっては割と緊張を強いられる場面なのだが、美旗はこんなだし、西原先生はニコニコしながら俺達を見ている。

佐倉の顔を立てるべきかとも思う。

でも、彼女を作らないという約束は守るが、それ以外の事柄まで制約されたくはない。

それに何より、美旗にモッチーと呼ばれることを、心地よく思っている俺がいる。

だから俺は──

「あっしはモッチーって呼び方、変えないから」

あれ? 俺の気合が空気の抜けた風船みたいに萎む。 

「なっ! 彼が嫌だと言ってるのよ!?」

「言ってるのはアンタじゃん。モッチーの口から聞いてない」

美旗が、語尾を伸ばしてない! もしかして真剣モードなのか?

「望月君!」

俺の名前が「言え」と同義になる。

「モッチーぃぃん」

俺の名前が淫語のようになる。

「やめなさいよ、いやらしい!」

「やめませんー」

「やめなさい」

「やめない」

コイツら、ここが病室であることを忘れてるんじゃないか?

西原先生はニコニコモードのままだけど、佐倉と美旗はヒートアップする一方だ。

「やめなさい!」

「やめないったらやめない!」

「お前ら──」

「どうしてやめないのよ!」

「いい加減に──」

「あっしはモッチーのこと好きだし!」

「し、ろぉ……え?」

「え?」

俺と佐倉が凍り付く中、西原先生だけがニコニコしていた。


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