第9話 帰り道

学校から駅まで徒歩7分。

急行に乗って二駅目、約10分で下車。

そこから家まで歩いて12分。

こっち方面から通学しているヤツはあんまりいないし、電車の中でも駅を出てからも知った顔を見ることは少ない。

つまり、往きも帰りも一人ってわけで、まあ気楽でいいよね。

「……なんで佐倉が一緒に歩いてんの?」

「心配してくれてありがと。でも安心して、私とあなたが一緒に歩いていても、誰も付き合ってるとか勘違いしないから」

「誰もそんな心配しとらんわっ!」

「そう。でも、あんな男とも分け隔てなく接する優しい佐倉さん、なんて思われてしまいそうだけど、そんな打算も無いから」

「誰もそんな勘繰りしとらんわっ!」

コイツは本当に俺が好きなのか? という疑いは拭い切れない。

嘘を吐いているとは思ってないが、佐倉自身が勘違いしているというか、思い込みみたいなものに陥ってる可能性はあると思う。

「美由紀」

「な、ななな何?」

規則正しかった足の運びが少し乱れる。

こうなると可愛らしいんだけどなぁ。

赤く染まった頬と、伏せた睫毛の長さと、俺と比べれば小さな歩幅。

「公園でも寄ろうか」

「ど、どうして」

「美由紀と少し話してみたいから」

考えてみれば、俺は佐倉のことをあまり知らない。

まともに会話したのも昨日が初めてだ。

過去に何度か掃除を手伝ってもらったことはあっても、会話はほとんど無くて、気まずかった印象が強い。

佐倉は誰とでも話すタイプではないし、生徒会副会長をやっているのだって、人望があるというよりは成績の良さから選ばれた観がある。

俺みたいな男に対してストーカー紛いの行動をしているのだって、案外と孤独だからなのかも知れない。


子供達の歓声、ときにそれを上回る母親達の井戸端会議の盛り上がり。

公園の入り口に近いベンチに座った俺達は、一日で最も賑わう時間帯の公園を眺めていた。

走り回る子供は、かつての俺の姿でもある。

家からいちばん近いこの公園で、俺も昔は時間が経つのも忘れて走り回っていた。

「お前、俺の家、知ってるんだろ?」

「あそこに見えている団地でしょう? 右から二番目の建物、7階の12号室」

怖っ! そこはかとなく得意気なのも怖っ!

……でも、コイツが、こんな綺麗なヤツが、こんな俺のために時間を割いたという事実に、何故か愛おしさのようなものも覚える。

俺の後を付けたのか、それとも副会長の権限で生徒名簿のようなものでも見たのか判らないけれど、俺の住む場所を知っているということは、間違いなく俺のために時間を使ったのだ。

「昨日も言ったけど、私はあなたと付き合うつもりは無いし、こんなところで交流を深めたところで時間の無駄よ?」

「その割には座る場所が近すぎないか?」

当たり前のように、肩が触れる距離にちょこんと座ったものだから、実は俺は緊張していた。

走り回る子供達を見ていたのも、隣の存在から意識を逸らすためだ。

「こ、これは、目測を誤っただけよ!」

咄嗟に50センチほども飛び退く。

頭はいいのに言い訳のレベルは拙い。

冷たい印象だった瞳も、睨んでくるそれは随分と感情的だ。

そんな姿を見ていると、いつしか緊張は解れて、もっとコイツのことを知りたいと思ってしまう。

「お前の家は、ここから近いのか?」

「遠くは無いけど……もう一駅先の方が近いわ」

「じゃあ、帰りは送るよ」

「結構よ!」

「何故に!?」

「あなたに家を特定されたら、ストーカー被害に悩む羽目になるじゃない」

なんという自分本位!

けれど、まあ、何と言うか、コイツは綺麗だから、夕暮れ時の一人の帰り道、という状況が心配なのは確かだ。

コイツが拒否するなら、それこそストーカーみたいに後を付けて帰宅するのを見届けてもいい。

どう考えても俺が遠慮する必要は無いと思えるし……。

「お兄、ちゃん?」

ん? 俺の思考に割って入る明梨の声。

そう言えば明梨もそろそろ帰宅時間だろうから、駅に迎えに行った方がいいな。

最近、日が落ちるのが早くなってきたし……って、明梨?

目の前には同じ高校のスカート。

そこから伸びる脚はなかなかのもので、身内で無ければ欲情してもおかしくない。

けれどその綺麗な脚には見覚えがあって、俺は何故か、恐る恐る視線を上げた。


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