第8話 お掃除タイム

放課後は掃除タイム。

これはもう確定事項で、我がクラスに掃除当番なんてものは、もはや消え去っている。

まあたまには美旗や佐倉も一緒にやってくれることもあるが、基本は一人。

だが今日は、妹の明梨のためにも助っ人を頼もうと思う。

「石田、頼みがあるんだけどさ」

「ん、望月が頼みって珍しいな。いつも頼まれるほうなのに」

石田は爽やかな笑顔を俺に向ける。

クラス一のイケメンだが、嫌味なところのないいいヤツだ。

「その、悪いんだけど、掃除を手伝ってほしいんだ」

「え!?」

「用事があるなら断ってくれていいんだけど、そうじゃないなら、適当でいいんで頼めないかな?」

べつに嫌そうな顔はされていないみたいだ。

ただ驚いているだけ、のような。

「……望月って、掃除、好きなんだよな?」

「いや、メンドクサイし、俺の部屋、散らかってるよ?」

「マジで?」

「うん、マジで」

「あちゃあ」

「どうした?」

「いや、けっこう皆、お前のこと掃除奉行みたいに思っててさ、下手に手伝うと迷惑かなぁ、なんて」

「え?」

「だってお前が掃除した後って、ハンパないだろ? こりゃ徹底した拘りがあるんだろうなって思ったからさ」

「いや、どうせやるなら綺麗な方が皆も気持ちいいかと思って……」

「なんだよ、そんなことなら早く言ってくれりゃあいいのに」

申し訳なさそうに顔を顰めるのに、それでいてイケメンは破綻しない。

白い歯と優し気な瞳、恋しちゃいそうだ。

「オッケー、じゃあ喜んで手伝っちゃうよ。不手際があったら、どんどん注意してくれちゃっていいからさ」

うーん、素晴らしい。

イケメンとはかくあるか。

嫉妬や僻みなんて感情は一切芽生えず、ただただ「いいなぁ」と思うばかりだ。

「あら、今日は石田君も掃除するの?」

何故かそこで佐倉も登場。

「え? 佐倉さんも掃除の手伝い?」

おお、イケメンと美女の揃い踏みだ。

って、どっちも同じクラスだから、いつでも揃っているようなもんだけど、ペアでいると目を引かれるものがある。

クラス一のイケメンと、学園一の美女であり才女である佐倉とでは、やはり格の違いみたいなものはあるが、そこはまあランク外の俺がとやかく言えることではない。

そんなことよりとにかく、三人で掃除するということが、それだけで嬉しい。

やっぱ一人は寂しいよね、うん。

って、どういうわけか、石田は困ったような顔をして見てきた。

「お、おい、俺は佐倉さんって苦手なんだけど」

なんと、イケメンにも苦手なものがあったのか。

だが、甘えるな、と俺は声を大にして言いたい! いや、言ってやる!

「ブサメンを舐めるな!」

あれ? 何故か言いたいことと違うセリフが出ちゃったよ!

「ちょ、誰もそんなこと言ってないじゃん!?」

「ブサメンがブサメンであるがために、どれほど人や物事に対して苦手になると思ってるんだ! それどころか、苦手でない事柄ですら勝手にハードルは上がり、話しかけるという有りがちで極めて普遍的な行動ですら、制約や非難、嫌悪の事象へと変化する摩訶不思議な理不尽さ!」

あ、言いたいことに辻褄が合った。

要はイケメンがブサメンに言う「苦手」なんて甘えだってことだ。

まあ真剣に怒ってるわけじゃなくて、半分はギャグなんだけど。

「いや、なんか判らんけど落ち着けって。それに望月はブサイクなんかじゃないって」

んー、こういうこと、サラッと言えちゃうのがイケメンなんだよなぁ。

「適当な気休め言ってないで、さっさと掃除したら」

うーん、こういうことバッサリ言えちゃうのが、佐倉なんだよなぁ。

「なっ、適当な気休めってなんだよ! それって望月に対して失礼すぎるだろ!」

あれ?

「望月君のことで憤慨してるように見せて、本当のところは、あなたの安っぽい慰めが看破されたことに対して憤ってるんでしょう?」

あれれ? なんか冗談で収まらなくなってきた?

「おま、どんだけ性格ブスなんだよ! 望月はお前と違ってなぁ、ブサメンでも性格はいいんだよ!」

いやいや。

「上っ面を取り繕ってるだけのあなたも似たようなものでしょう? 今あなた自身が、あなたの口から彼をブサイクって言ったものね」

おいおい。

「そういうこと言ってんじゃねーんだよ! 付き合いとか気遣いとかあるだろーが! ブサイクで落ち込んでんなら慰めてやるのが友達だろ!」

ていうかコイツら……。

「だからブサイクであることを嘘で慰めて何になるの? 結局のところ、主観的にも客観的にも相対的にもブサイクで、それってもはや絶対的な──」

「あああぁぁぁぁぁぁ!!!」

「なんだ!?」

「ど、どうしたの?」

「人のことをブサイクブサイクって、うっせーよ!!!」

「……す、すまん」

「……ごめんなさい」

これにて一件落着だ。

べつに誰も悪くないし、そもそも揉めるような事じゃない。

「さ、掃除すんぞ」

俺は快活に言ってやった。

あー、でも、心に降る雨は、しばらく止みそうにないなぁ……。


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