第7話 お叱り

「お昼休み、生徒会室に来なさい」

言葉が文字となり、文字の一つ一つが凍り付いて砕け散るような冷たい声で、佐倉はそう言った。

というわけで、昼休みになった今、俺は生徒会室で佐倉と対峙している。

「いったいどういうつもり!?」

「は? 何がだ?」

「私、他の女子と仲良くしないでって、昨日言ったわよね!?」

言ってない。

彼女を作るなと言われただけだ。

いや、彼女が出来ないように行動しろと言われた気もするから、佐倉の言っていることが正しいのか。

とは言え、コミュニケーションを排除する考えは無い。

「彼女を作るつもりは無い。ただ女子と喋っていただけだろ」

「彼女が出来ないようにするってことは、その可能性を排除するってことでしょ。仲良く会話なんてしてたら、可能性は膨らむ一方じゃない」

「美旗は俺の大事な友達だから」

「なっ! そ、それって、恋愛対象に変化する可能性は何パーセントなの?」

そう言われてみると、果たしてそんな可能性があるのか気になってきた。

俺は、ずっと彼女が欲しい! と思って来たけれど、具体的に誰かを好きになったり、可能性を模索したことは無い。

だって誰かを好きになっても、両想いになるイメージが浮かばないし、そんなリアリティの無いことを模索しても不毛だしね。

つまり、彼女が欲しいと思って描く女性でさえ、脳内で生成された存在。

しかもまだ付き合ったことがない。

まさに脳内彼女未満といえる存在だ。

って、あれ、それってどっちが不毛なんだ?

「可能性なんてものは誰にでもあって、それはゼロから百まで、いかようにでも変化するんだよ」

俺は頭で考えていたことと全く違う、それでいてちょっとカッコ良さげなことを平然と言ってのけた。

「不快よ。発言には気を付けて」

清々しいほどに一蹴された。

「いやだってさ、お前だって俺を初めて見たとき、恋愛感情を抱く可能性がどれだけあった?」

「ゼロよ」

判っちゃいたけど、清々しいほどに断言された。

「つまりまあ、そういうことだよ」

「それって、どんなに有り得ない相手でも恋愛対象になり得るってことじゃない!」

それって、俺がどんなに有り得ない相手であるかって意味だよね?

「でもまあ、お前みたいな美人が、俺みたいなブサメンを好きになるより可能性は高いな」

「美旗茜。スカート丈は校則違反よね。髪色も化粧も違反してるわ。あとはもうちょっと決め手になる不祥事を……」

「おいおいおい、何を画策している」

「画策? 人聞きの悪いこと言わないでくれる? 私はただ、正当な理由であの子を退学に追い込む手筈を──」

「それを画策って言うんだろうが!」

「だって、あなたが悪いんじゃない……」

いつの間に俺が悪者に!?

しかもジト目が凶悪な可愛さだし!

俺がジト目なんかしたら、ジメジメして纏わりつくような驚きのキモさ! っていうレベルなのに、同じ人類なのか?

でも、可愛いは正義、という一言で片づけるわけにはいかない。

美旗は大事な友達だし、美旗を陥れるようなことをすれば、たとえ佐倉であっても許しはしない。

「お前はお前でいたらいいんだ」

「どういう意味?」

「他人のことなんて気にせず、不安なんて微塵も感じず、どっしりと構えてたらいいんだよ。お前は、誰より美人なんだから」

「何よそれ? カッコつけてるつもり? そんなセリフ、あなたが言ったところで──」

え? 鼻血?

「ちょっと待って! これはナシ! 鼻血なんて垂らしてないんだからッ!」

ボタボタと鼻血を零しながら言うセリフだろうか?

「えっと、大丈夫か? ほら」

俺はハンカチを差し出す。

紳士たるもの、洗い立てのハンカチは常に携帯している。

「あ、あなたの汚らわしいハンカチなんて! も、貰ってもいいのかしら?」

疑問形のくせに、既にハンカチは俺の手から奪われ、佐倉のポケットに仕舞われた。

ていうか、鼻血を拭かないのかよ!

「望月君、ティッシュは持ってないかしら?」

……持ってるけど。

俺はティッシュを差し出した。

紳士たるもの、ポケットティッシュくらいは常備している。

佐倉はそれをひったくるように俺の手から奪い、ポケットに仕舞った。

しかも佐倉は、ポケットから自分のティッシュを取り出して鼻血を拭った。

「……」

「と、とりあえず、美旗さんの件に関しては、あなたに免じて保留してあげます」

ハンカチもティッシュも奪ったことを誤魔化すような強気な態度だ。

それでもまあ、美旗に迷惑がかからないのなら、それでいい。

強気な佐倉だって、平常運転と言える。

「あ、そういや、昨日のお前の話が衝撃的すぎて訊くの忘れてたんだけど、あの手紙、なんで切り抜いた文字を使ってたんだ?」

佐倉はジロリと俺を睨みつけてから、メンドクサそうに口を開く。

「筆跡から私が特定されて、それを私が告白した証拠にされたら困るからよ」

「パソコンで打ち込んで印刷すればいいじゃねーか」

「印刷された文字からプリンターを特定されて、プリンターから私が特定されて、それを私が──」

「あーもういい! お前は何か? 俺がそんなものでお前を脅迫したり、他人に言いふらして自慢するようなヤツだと思ってるのか?」

「そういうわけじゃないけれど……」

「だったらどういうつもりなんだ。ちゃんと説明しろ美由紀!」

「ひっ! え、えっと、あの、だって、そういう無駄な労力使わないと、手書きやパソコンだと余計なこと書いちゃいそうだったから……」

「余計なことってなんだ?」

「よ、余計なことは余計なことよ!」

「美由紀」

「ひゃ、ひゃい!」

「正直に言え」

「だ、だって、いつも見てますとか、その、す、すす好きとか、書いちゃいそうだったんだもん」

「……」

こんなに可愛いヤツが俺を好きでいてくれるのに、彼女になってくれないなんて生殺しだ。

ブサメンが恨めしいが、ブサメンで無かったら今の俺はいない。

人のためになろうと思ったり、勉強や運動に努力を傾けていたかは怪しい。

今の、この俺を好きになってくれたのだから、俺は俺のまま、佐倉を彼女にしてみせる。

絶対にだ!

なんて思いつつ、長年培われたネガティブ思考は、そう簡単には消えないんだよなぁ。

俺はモジモジしている佐倉を見ながら、これはやっぱり夢なんじゃないかとずっと考えていた。


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