第2話
それからしばらく経って。
「うぅ……。やっぱりまだ臭うかな?」
「大丈夫ですよ」
「ホントに?」
「ホントですって」
薄曇りの空の下、賑やかな喧騒に包まれた真昼の街中を、一組の少年少女が歩いていた。
右を歩くのは、艶なしの黒髪を肩まで伸ばした痩せっぽちの少年――ヨル。
左を歩くのは、流れるような銀色の髪を頭の後ろで一まとめにした少女――セイカ。
二人とも、帝都を本拠に活動する傭兵団――『夜明けの酒樽』の構成員である。
ヨルは右手に、セイカは左手に中身のたっぷり詰まった紙袋を抱え、互いにもう片方の手で、一つの大きな篭を協力して提げ持っている。
セイカの銀髪はしっとりと水気を含んで垂れ下がり、彼女の物憂げな顔色を更に暗く見せている。
季節は晩春。
花の香を若葉の萌え立つ匂いが塗り替え、吹き抜ける風もどこか柔らかな午後。
それでも、鉛色の雲に遮られた陽射しは、彼女の髪を乾かすにはまだ心許ない。
「ごめんね、ヨルくん。せっかく拠点、綺麗にしてくれたのに。早速汚しちゃった……」
「いえ。掃除はまたすればいいですから。それより、大した怪我がなくてよかったですよ」
「でも、私のせいで一人取り逃がしちゃって……」
「それは
「うぅ……」
水上都市イナシキにおける住人の失踪事件。
イナシキには領主の保有する自警団が存在していたのだが、被害者がいずれも街の下層民や浮浪者であったことで、その捜査もおざなりであった。
依頼者は街の孤児院の院長で、院の子供の一人が被害に遭ったことで、なけなしの金員をかき集めて街の外に助けを求めたのだ。
依頼が届けられた時点で少なくとも七名の被害が確認されていたこの事件は、『夜明けの酒樽』から派遣された団員五名と丁稚働きの少年、そして依頼を仲介した傭兵組合の事務職員の計七名が街に到着した際にはさらに二名の被害が出ており、事態を重く見たメンバーはすぐに行動を開始した。
「取り合えず、被害の拡大は食い止められたんじゃないですか? 逃げた人も、一人でこれ以上何ができるってこともないでしょうし」
「それは……そうね。でも、やっぱり悔しいわ。あいつを捕まえておけば……」
「まあまあ。取り敢えず、応援の到着を待ちましょうよ。例の魔獣について何か分かれば、連中の狙いも分かるかもですし。そこから行方の見当もつくかもですし」
「ううん……」
調査の結果、近頃街に出入りしているならず者たちの存在と、街の地下に張り巡らされた下水道との関係を突き止めた団員たちは、一挙に突入を敢行。
結果件のならず者たちと遭遇したものの、『尋問用に最低一人は生かして捕らえる』はずが、先走ったセイカがほぼ全員を斬り捨ててしまい、最後に残った一人を取り逃すという大失態を演じてしまったのだ。
そして。
「それにしても、カタツムリの魔獣ですか。色んなのがいるもんなんですねぇ」
「思い出させないでぇ……」
下水道の奥で遭遇した蝸牛型の魔獣を討伐(狂乱したセイカが真っ二つに)したところ、その排泄物から失踪した人間の持ち物と思しき遺留品が見つかった。
逃亡した生き残りの追跡を諦めた団員たちは、ひとまず調査結果を纏めるために地上へ引き返し、拠点――傭兵組合の支部がないために街の領主から借り受けた、元は宿屋だったという廃屋へと帰投した。
そして、今後の方針を団員たちと組合の職員が話し合う間、ヨルとセイカは糧食や消耗品の買い出しに駆り出されたのだった。
粘性の高い魔獣の体液を正面から浴びて泣きべそをかいていたセイカは、地下道で数人の無頼漢を斬り捨てた冷徹な剣士の面影もなく、先程彼女とその装備品を組合の職員と二人掛かりで洗い上げたヨルは、再び顔をくしゃりと歪めた少女を苦笑いで慰めた。
「ねえ、ホントにもう臭わない?」
「大丈夫ですってば。ほら」
「やだ、ちょっと」
隣で揺れる銀髪に顔を近づけたヨルがわざとらしく鼻を鳴らす。
くすぐったそうに身をよじったセイカの口元が、ようやく綻んだ。
(まあ、とっくに鼻が麻痺して、どの道臭いなんか分かんないんだけど……)
鼻の奥から頭の芯まで響く鈍い痛みを堪え、愛想笑いを維持するヨルは、口呼吸で乾く喉で苦い唾を呑み込み、顔を僅かに赤らめたセイカを見上げて問うた。
「あと何か買うものありましたっけ?」
「え? ええっと、薬系は買ったでしょ。燃料はここじゃ買わないって言ってたし、食べ物は買ったし、お酒は……足りるかなぁ」
「足りないでしょうけど、今日はほら、クミさんもいますから。控えめにしてもらわないと」
「そうだね。組合員さんに酷いところ見せられないもんね。……あ、繃帯は?」
「拠点に在庫がありました。ちゃんと洗って、使える状態にしてますから、大丈夫ですよ」
「ヨルくんは頼りになるなぁ」
ぼやくようなセイカの言葉に苦笑したヨルは、そういえば、と問いを重ねた。
「これから合流する応援の『専門家』っていうのは、どういう人なんですか? 『酒樽』の団員じゃあないんですよね?」
それに対して、セイカは困ったように眉尻を下げた。
「私もよく知らないの。そもそも傭兵組合に所属してる人でもないのよ。なんでも、団長の古い知り合いを介して繋がりを持った人だそうなんだけど。でね、私もどんな人なのか気になって聞いてみたの。そしたら、みんな口を揃えて変なことを言うのよ」
「変なこと?」
「何だかとっても、
……。
…………。
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