第3話

「じゃあ、その男たちは殆どセイカちゃんが独りで……?」

「ああ。ぶっちゃけ、殲滅するだけならあいつ独りで十分だったろうさ」

「単純な戦闘力だけなら、ここにいる全員合わせたよりあいつ一人の方が強いくらいだもんなぁ」

「あの齢で…………凄まじいですね」

「天下の『星辰流』の名は伊達じゃねえってことさ。けどなぁ……」

「けど?」


「ありゃあ駄目だ。中身がてんで伴わねぇ」

「まったく、先代から『どうか宜しく頼む』なんて頭ぁ下げられた時はどうしたもんかと思ったが、まさかここまでとはなぁ」

「あいつに巻き添えで斬られないように周りが気ぃ使わなきゃなんねぇんだもの」

「とてもまともなパーティじゃやってけねぇだろうよ」


「それは……私はなんと反応すれば?」

「かっはっは。ウチがまともな傭兵団じゃねぇことくらい、あんたも知ってるだろうが」

「うふふ。まあ、『中身は空っぽ夜明けの酒樽』なんて旗印を揚げる人たちは、大陸中を探してもそうはいないでしょうね」

「おうよ。それに、そんな変人どもの集まりに、わざわざ肩入れしようなんて物好きもなぁ」


「…………俺のことか?」


「他に誰がいるんだよ、ええ、ジンゴ?」


 ……。

 …………。


「ただいま戻りました」


 ヨルとセイカが買い出しから戻った時、既にその男は到着していた。

 荒波のようにうねる黒髪を頭の後ろで一つに縛った、堀の深い狼のような顔立ちの男。

 ファー付きのレザージャケットを羽織り、股下の緩いジーンズを留める太いベルトには黒塗りの鞘の大小を差している。

 男は目を通していた書類の束から顔を上げると、その顔を僅かに顰めて隣の男に問うた。


「なんだ、この子供は?」

 その無機質な声音に、セイカがむっとした表情を作る。

 たまたま彼らの間の位置に立っていた禿頭の大男が、買い物帰りの二人の前に立って答えた。

「ああ。ウチの新入りだ。さっき話した『星辰流』の跡継ぎ娘――」

「俺が聞いたのは黒髪のガキのほうだ」

「あん?」


 セイカの眉間の皺がますます深くなる。

 今にも両手の荷物を放り出して食って掛かりそうな少女の銀髪に、それを制するように武骨な手が置かれ、荷をテーブルへと下ろさせた。

 禿頭の大男は、今度はヨルの艶なしの黒髪に手を置くと、にかりと笑って言った。

「こいつは団長の拾いモンさ。孤児なんだ。今は下働きをさせてるが、中々目端が利くんで重宝してる」

 それに同調するように、後ろにいた二人の団員からも声が上がった。

「帳簿の整理もこいつにやらせると早くってなぁ」

「まあ、きっちりしすぎてるせいで、ヘソクリは作りにくくなったけどな」

「かっはっは」


「ヨルと言います。初めまして」

 人好きのしそうな笑みを浮かべて礼儀正しく挨拶をしたヨルを、男は表情を変えることなく見下ろした。

「……そうか」


 ぽつりとそう呟いたきり視線を外して、再び書類の束を睨み始めた男に、とうとうセイカが一歩を踏み出した。

「ちょっと、あなた、いくら何でも失礼じゃむぐっ」

 その口を無理やり塞いだ禿頭の大男が、今度はヨルに向かって狼のような顔の男を親指で差す。

「こいつはジンゴ。前に話した応援さ。団長の昔のツレの預かりでな。魔獣のことならこいつに聞けば間違いない」

「そうだったんですね。学者さんなんですか?」

「その辺は……そうと言えなくもねえが」

「??」

「まあ、なんつうか、曖昧なやつなん、っづあぁ!!」


 禿頭の男が突然呻き声を上げた。

「……てんめぇ、瓜坊。噛みつく奴があるか!」

 片手を抑えて顔を顰める禿頭の男から身を翻して離れたセイカは、口元をごしごしと拭り、無言で顔を背けた。

「お前、団の先輩に対してその態度――」

「うるさい、ハゲ」

「ハゲてねえよ! 剃ってんだ俺は!」

「そんなの知らない! 行こ、ヨルくん!」


 一度テーブルに置いた荷物とヨルの腕を引っ掴んだセイカが、その場の大人たちを押しのけずんずんと二階への階段を上っていく。

「すいません、チカラさん。荷物纏めてきます。ジンゴさん、後でまたお話させてください」

 殆ど引きずられるようにしてそれに続いたヨルが早口でそう言って階段の奥に消えるのを、禿頭の男――チカラは苦笑しながら見送り、ジンゴは横目で一瞥した。


「……なんだ、あの子供は?」

「今度はどっちのことだ?」

「両方だ」

「暴れ猪と、そのお守りだよ」

「……ふん」


 ……。

 …………。


 それからしばらくして。


「おい、灯りを寄越せ」

「はい。あ、置きますよ。この角度でいいですか」

「うむ」

「こっち持ってますね」

「いや。それより、こいつを分けて並べておけ」

「はい……ああ、待ってください。笊に分けましょう」

「……うむ」


 イナシキの街の片隅で、怪しげな異臭を漂わせながら、男と子供の二人組が巨大な蝸牛の死体を腑分けしていた。


『解剖を手伝いたい?』

 すっかり機嫌を損ねたセイカを宥めて一階へと降りてきたヨルが、討伐した魔獣を調べに行こうとしていたジンゴにそうねだったのだ。

 それを聞いた『夜明けの酒樽』の面々は渋い顔を作った。

『ヨル。こいつは専門家の領分だ。ただでさえ日暮れまで時間もねえのに、ガキのお守りまでジンゴこいつにさせるわけにはいかねえよ』

『そう、ですよね。済みません。勉強させて貰えればと思ったんですけど……』

 

 すぐに聞き分けて下がろうとしたヨルを、しかし、当のジンゴが引き留めた。

『いや。構わん。ついてこい』

『おい、ジンゴ――』

『役に立たなければ途中で帰させる。元より、人手が必要なことでもない』

『おめえがいいなら、それでいいが……』


 そうして、地下水道の出入り口に運ばれた魔獣の死体の元へと赴いた二人は、見張りをしていた団員に申し送りをした上で番を交代し、その解剖を始めたのだった。


「ふむ。脳神経節が一撃で断たれているな。あと半歩踏み込んでいれば危うかっただろうが……」

「?? というと……」

「唾液腺に太刀が届いていれば、中身が吹き出していただろう。今採取する。瓶を寄越せ」

「危険なものなんですか?」

「明らかに人肉を捕食した形跡がある。蝸牛の食性から考えて、唾液で肉を溶かしながら齧るはずだ。正面から浴びれば顔の凹凸がなくなる」

「え……触って大丈夫なんですか?」

「大丈夫なわけがあるか。この手套は呑竜の胃に寄生する魔蟲の皮から作ったものだ」

「なるほど。勉強になります」

「ふん」


 淀みない手つきで魔獣を解体していくジンゴの周りをちょこまかと動き回って手伝いをしながら、邪魔にならない程度に質問を重ねていくヨルを、ジンゴは顎で使いながらも、ぶっきらぼうに問いに対する答えを返していく。

 やがて陽も傾き、空の半分が茜に染まる頃には、魔獣はすっかり体積を減らし、辺りの地面は黄緑色の液体を吸い込んでどす黒い臭気を放っていた。

 額にじっとりと汗をかいたジンゴとヨルの元には、篭やら笊やら瓶やらに分けられた、ぬらりとした臓器や液体、内容物などが並べられている。


「これで手掛かりは掴めそうですか?」

 持参した猫車にそれらを積むヨルからの問いに、ジンゴは解剖に使った道具を片付けながら答える。

「うむ。少なくとも、こいつを飼育していた連中の目的はな」

「流石ですね。じゃあ、拠点に戻りましょうか」

「いや、まだ一つ用事が残っている」

「はい?」


 しゃらん、と。

 玲瓏な刃鳴りの音が、ヨルの耳元で響いた。


「え、ええっと……」

 恐る恐る両手を挙げるヨルを、刀を突き出したジンゴの無機質な瞳が見下ろす。



「正体を顕せ、小僧」



 ……。

 …………。


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