幕間 神様会議と彼らから見たもの
すぅすぅと寝息を立てる愛し子を見守りながら、我は彼女が拾った童を観察する。痩せた身体、衣服がボロボロな割には浅い傷……彼女も厄介なものを拾ったな。
『お二方はどう思います? 我にはコレが死ぬとは思えないのですが』
問いかけるとバステト殿とセクメト殿は首を縦に振った。
『メジェと同じね。コレが弱っているとはいえ、このくらいじゃ死なないわよ』
『心臓をどうにかして、首を落とせば死ぬだろうけどな。実際、サクが見つけた頃には、本来負った傷の殆どが治ってたみたいだしな』
ブバスティスの女主人と赤い亜麻布の女主人。
蛇殺しに定評のある二人が言うのなら、間違いないのだろう。この童は普通の人間では無い……人の器に蛇の魂が入っている中途半端な存在だ。
今のところ、半分は人間のままだが、死にかけた事で残り半分が活性化している状態のようだ。痣はその目安なのだろうな、本来ならもっと薄いはずの物が、入れ墨と変わらないくらいにまで濃くなっていると考えた方が良い。
彼女……サクは『人間』と認識していた様だが。
サクには言っていないが、繋がった事で彼女の思考はこちらにも伝わる様になっている。はっきりと解るのは半年経つまでの間だが。
『はぁ……どうしたものか』
ため息も吐きたくなる。我らはサクの友人としてだけではなく、護衛として彼女を守る役目があるのだ。
その矢先に明らかに怪しい半端者が来るわ、サクが助けようとするわ……どうしろと?
『様子見が正解だと思うよー。人間と思っているのに、サクが助けようとするだけでも意味があるんだよ、きっと』
確かに不思議ではある。接したのは僅かな時間とはいえオリジナルが『人間に興味が無さすぎる娘』と記憶したのだ。サクの人間への無関心は相当のものなのだろう。
人間に興味を持たない彼女が興味を持った上に、死なせたくないと考えるのなら何かあると考えるべきか。
そこで、この世界の管理人が言っていた事を思い出す。
「桜さんはね、元々、この箱庭に因縁を持っている魂なんだ」
だから選んだと、あのうっかり管理人は言っていた。
まさかだと思うが、コレがその因縁に関係があるのか? こんな早い段階で来るものなのか?
どっちにしろ、この事に関してはサクに話せない様に制約が掛かっている。彼女が自力で辿りつくまでは話せない。
保留にしか、できないな。
『はぁ、何だかなぁ。話に聞いた時から可笑しいとは思ってたけど、来てみるとさらに可笑しいな、この世界』
セクメト殿はため息を吐くと、自分の胸を叩いた。
『幻想が失われたってだけでも、大惨事だって言うのに世界の意志は存在を感じないし。お仲間は欠片になって散らばってる……極めつけはこっちの俺の記憶だ。殆ど吹っ飛んでるし、残っている記憶の感情が『全部どうでもいい』なんて可笑しすぎるだろ』
『可笑しいと言えば、こっちの私達もだよね。普通だったら人格と記憶を上書きしようなんて、考えないよ。だって、自分が消えるんだよ? それは事実上の死と同じじゃない。願いを叶えるためだとしても、記憶の引継ぎが限界のはず。なのにコピーの人格で上書きした……これってさ、自殺したって事だよね』
シンっと我らの間に沈黙が下りる。
人格と記憶の埋め込みと上書きで、大部分が記録となった、こちらの我らの記憶。
殆どが白紙となっている事も可笑しいが、記録となっているのにも関わらず、焼き付いている感情が問題だ。
強い絶望と何かへの失望、そして全てを諦めた虚無感。
何が起これば神である我らがこんな風になるのだ? 世界を動かしていくパーツである事を自覚しているなら、ここまでの負の感情に呑まれはしないだろう。
生まれる事も消えゆくことも、人間よりもデータの強制力が強い我らにとっては、定められたものなのだから。
まぁ、それも人間の行動や在り方によって変わっていくし、地球というベースとなるデータがあっても、管理人が世界を作る時にいじってしまえば、モデルにした別物にだってなる。
だから我らは
我らにとって本当に恐れる事は、己を失う事だ。
我らは記憶、人格、意志といった魂を失えば消える……人間で言う死を迎える。
だが『神の魂』と言うのは、かなりタフにできている。ちょっとやそっとの負の感情ではびくともしない、はずだ。
なのにこちらの我らは上書き……禁忌である自殺を選んだ。
『いくら因縁があるからって、こんな世界に送り出すか普通? 恩恵を与えたとしても、護衛を付けても危険すぎる。ここまで可笑しくなっているのに修復も何も無いだろうが!』
セクメト殿の言いたい事は解る。
管理人は軽く言っていたが、この世界はギリギリ生きている状態なのだ。人間に例えるなら『ひと思いに殺した方が良い』くらいに弱々しく。
『………でも、あの管理人は殺せないだろうね。世界を死なせた痛みを知る管理人だから』
『虹の四兄妹……か』
それは、オリジナル経由で地球の管理人から渡された情報だ。
この世界を管理している管理人……天球の観測者ルイン。彼は虹の子守唄と呼ばれる管理人の子供の一人なのだ。
四兄妹の二番目である彼……彼ら兄妹はかつて自分達の力不足で、世界と母親を死なせてしまった事があったのだと。
彼らの嘆きは凄まじく、本来付けられた名前を封じて、今の名前を名乗っているのだという。
そんな過去を持つ管理人が、先が見えないからと世界を殺せるわけが無い。だからこその行動なのだろう。だがなぁ……。
『あのうっかりは、どうにかならないのだろうか?』
『『あー』』
二人は遠い目をしつつ、ため息を吐いた。
『あの説明書の投げっぷりはどうかと思うなー』
『初日に先輩ってのが来るのを、前提にしてあったみたいだからなぁ』
『迎えが無かったのは……おそらく、迎えを頼んだ相手に、サクを降ろす位置を伝え忘れたんだと思うのですが……』
『だよなぁ。それに、サクが聞くまで、先輩の名前と特徴を言うのを、忘れていたみたいだし』
やらかしすぎだ、あの管理人。
戦う事例がある事を黙っていたのは、うっかりでは無いとは思うが……いや、それも本当に、うっかり忘れていそうだ。
『はぁ、あの管理人が何を考えているのか解らないけど……私達、一応はこの世界の神だしねぇ。それに……』
バステト殿は眠るサクの頬を突いて微笑んだ。
『今は、可愛い愛し子が居るし、頑張りますか!』
『言われなくても、解ってるさ、テト』
バステト殿と一緒にセクメト殿もサクの頭を撫で始めた。実体が無いので通り抜けてしまうが。
殺戮の女神と名高い彼女だが、己の庇護下に置いた者にはとても優しく慈悲深い母親となる女神でもある。
猫と獅子は近い性質を持つが故だ。
我もサクの寝顔を見つめ、表情を緩ませた。
友で契約主でもある我らの愛し子。
この子が今度は天寿を全うし、幸せだったと笑える様に尽くそう。
管理人の事もこの世界の状況も今は横に置いて、我らはサクに寄り添い意識は落ちないが目を閉じたのだった。
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