第一話 チート持ちの少女と記憶喪失の少年

説明書は文庫本サイズ

 目が覚めるとそこは森の中だった。伸びる木々の間から澄んだ空と、光に照らされた葉の緑が広がっていた。


 ぼうっとした頭のまま起き上がると、辺りを見回してみる。近くに泉を見つけ、そのまま近づいて手を浸すと、目を覚ますのに丁度いい冷たさを感じた。


 顔を洗ってみると、頭がスッキリする。


「おー、手ぇ小っちゃい」


 見慣れていたものよりも、明らかに小さい手。


 泉を覗き込むと、ストレートの黒髪に金色の瞳の子供が映っていた。


 七歳の身体と言っていたから、きっとそれくらいの年齢なのだろう。


「あれ? でも、ケモ耳も尻尾も無いや」


 耳は人の耳だし、尻尾も見当たらない。


 そういえば服も何だか不思議だ。桜色のフワリとしたワンピースの上から、袖の無い紫の単衣の様な上着を着ている。


 なんと言うか、和と洋を混ぜたみたいな?


 髪型もボブカットになっているせいか、お人形さんみたいに見える。


「あ、そうだ。説明書!」


 ルインがくれたはずのそれを探すと、簡単に見つかった。


 文庫本レベルに分厚い本と折りたたまれた白い布、色の違う石の入ったボトルペンダントが一緒に置いてあった。


 本を手に取り、パラパラと捲るとこの世界の事や頼まれ事の詳細が書かれていた。


 まず、ルインが言った修復の手伝いというのは『この世界が失くしたデータをどんな形であれ、復元し世界にインストールする事』らしい。


 この世界は地球の派生世界だけれど、ファンタジー要素を強めにしたマジックパンクの様な世界になるはずだったらしい。しかし、ある日突然にファンタジー要素が世界から失われてしまった。


 原因を探るも不明のまま、コンタクトが取れていた世界の意識とも連絡が付かなくなってしまった。その上、世界の運営者である『神』も全て眠るか欠片を残して消えてしまうという異常事態も発生、管理人であるルインが直接操作し運営し、何とか暴走を抑えるため、残っていたデータ『蒸気機関の化学』で世界を覆い、無理やり蒸気世界……スチームパンクの様な世界にする事でバグあり世界に落ち着けた。と、いうのが理由なんだそうだ。


 ルイン自体も管理人としてはまだまだ未熟で、状態維持が限界。データの修復や捜索などは別の者がやらなくちゃいけない。


 その協力者の一人に私が選ばれた。


「あ、先輩って人は!?」


 辺りを見回してみるけれど、私以外、誰も居ない。


 えぇ……これからどうしろと?


 取り敢えず説明書を読み進めると、能力についてと項目を見つけた。


 基本、自身の能力だけで発動できるのは、おまじないなどの比較的、簡単なものとなる。


 大きな力を使うには、何かしらの媒体となる物が必要となり、その一つが『ジュエル』と呼ばれる結晶体。その正体は失われた幻想達の欠片だ。


 しかし、ジュエルは小さな欠片でも膨大な力を宿しているため、そのまま扱うには繊細な制御技術がいるとの事。


 それを安全に使用するには、専用の道具『ソケット』を使って引き出す必要がある。術者に能力を付与する場合、術者は付与された能力の持ち主の特徴を持つ姿になる。


「で、これが私のジュエルとソケットって事かな?」


 ボトルペンダントのチェーンを掴み、ペンダントの中を覗き込む。


 中に入っているのは全て丸い玉で、色は白、猫の目の様な緑と点の様な瞳孔の浮かぶ金、炎が揺らめく琥珀、雪原の様な空色の五色。


 一体何のジュエルなのやら、ペンダントを身につけ説明書を読み進めた。


「使い方は専用の道具にジュエルがセットされた状態で、ジュエルの名前か色を心の中で呼ぶ事……名前は解んないから、今回は色かな?」


 もう一度ペンダントの中を覗き込む。さて、どの色を試そうかな?


 ジッと見つめていると、どうしてだろう? 緑のジュエルと目が合うような気がした。


 えぇっと、緑?


 心の中で呼んでみると、自分の身体からポフンと音がした。


 泉を覗き込んだ私は歓喜の声を上げた。


「ほわぁぁぁ!? 猫、猫耳だぁ!」


 私の頭から黒の猫耳が生えていた。瞳の色が緑に変わり、瞳孔が猫のそれと同じになっている。

 お尻の方を探ってみると、先っぽが白い黒猫の尻尾が生えていた。


 なるほど、ケモ耳と尻尾はこうやって生やせと。


 と、いう事は私自身の種族は人間のままって事ね。まぁ、人間をやめるとは言ってないしなぁ。


 じゃあ、他のジュエルも動物の物なのかなぁ?


 そして金、琥珀、空色の順で試してみると、金はライオン、琥珀は狐、空色は犬の様な狼の様なものだった。目や髪の色もそれぞれ変わるオプション付き。


 最後に白と呼んでみるが、何も変化がない。説明書に再び目を通すと『白は特殊』と書かれていた。


「白のジュエルは付属の衣を身につけている時のみ使用可能。……衣ってこの布?」


 畳まれていた白い布を広げてみるとフード付きのマントで、フードの部分に何故か見覚えのある目が描かれていた。


「これ……メジェド様?」


 そう、私が前の世界で出会い、恩恵として一緒に居て欲しいと願った相手の一柱だ。


 ジュエルが幻想達の欠片なら、増えている気もするけどもしかして……。


「皆、ジュエル化してるの?」


 私の友達とメジェド様。


「猫は猫又のみお、狐は妖狐のあかね……犬って言うか狼犬か! じゃあ、くろだ」


 ルールに沿ってって言ってたから、ジュエル化した状態で皆ついて来たんだ。

 どうにか戻せれば良いけど……何か条件があるよねこれぇ……。


「ん? 白がメジェド様なら、金は誰だろう?」


 ライオンの知り合いなんていないんだけど。


 そんな事を考えながら、メジェド様のマントを身につけてみる。目元まで隠れるけれどマントの能力なのか普通に周りが見える。


 目からビームが出せるのかな? と、軽い気持ちでメジェド様を呼んでみたその時だった。


『何だ?』


『なぁに?』


『こら、お二方、呼ばれたのは我なんですが!』


 三人分の声が聞こえた。


「え、えぇっ!? どちら様……いや、一人はメジェド様ですけども!」


 姿は見えずとも居るのは解る。聞いた事の無い声にさすがに驚いた。


 あれ? メジェド様の声もちょっと違う様な?


 昔聞いた声はもう少し渋かった様な気がする。今の声は何というか若い感じが……。


 首を傾げた私の耳に明るい女性の声が響いた。


『ふふふ、初めまして。外の国とはいえ眷属を大切にしてくれて、ありがとー。猫の女神・バステトよ』


『猫も獅子の仲間だからな、というわけで獅子の女神・セクメトだ。よろしくな!』


 は……。


「はいぃぃぃっ!?」


 な、何で!?


 猫……澪の事は大事にしてますよ? 友達だし!


 いや、そこじゃ無い。何で面識の無いエジプトの女神様がいらっしゃってるんですか!?

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