フードを被ったマルチビースト

白香堂の猫神

プロローグ 天球の管理人と死人の少女

殺された私は管理人からの依頼を受ける

 私は虐められた。きっかけは正直、覚えていない。


 けど、スルーしてきたので苦ではなかった。いや、報復はしたよ。イラッとはしたし、害はあったし。


 それが悪かったのか私は殺された。正確には事故だったのだろうけど、私を階段から突き落としたのはあいつらなのだから、結局、殺されたのと同じ。


 そもそも、何で階段の上(正確には踊り場の階段寄り)で人をどついたのよ? 落ちるって解ったわよね!?


 うぅ、呼び出しなんて無視すればよかった。


 愛読書には悪いけど、命には変えられない。まぁ、ボロボロにされたら報復はしたけど。


 あぁ、コネを使ってやっと手に入れたのになぁ。そんな事を考えながら、何も無い白い空間を漂っていた。


 ウトウトしていた私の身体がいきなり質量を取り戻した。軽く落下する感覚に驚き、目が覚める。


 目を開けた先に広がっていたのは、星空の様な部屋だった。


 足が触れた床はガラスの様につるりとしていて、その下に広がるのは水面に映る満月。天井には満点の星空が広がっていた。


 周りに浮いているのは、昔の天体観測の道具の様な物と地球儀の様な物の二種類だった。


 そんな部屋の真ん中で一人の少年が、青く光る大きな玉に腰かけている。

 幼さを残しているが中々の美少年だ。

 空色の髪に深緑の瞳、民族衣装の様な服装をした少年は私を見てニコリと笑った。


「やぁ、初めまして。ボクはルイン、異世界の管理人をしている者の一人だよ。いらっしゃい、九野 桜ここの さくらさん」


「あ、はい。……どうも」


 呆気にとられながら挨拶を返すと、ルインは楽しそうに笑った。そして少し言いにくそうに口を開いた。


「あーえー、桜さんは自分が死んじゃった事を覚えている……いや、自覚ある?」


「覚えてるし、自覚あるよーハッキリとね。こう見えて、あっち側絡みの事件とか修羅場はくぐってるし」


 霊感Max、霊力ありのオカルト好きを、なめてはいけない。本当、ただ生活しているだけなのに、巻き込まれまくったのよ。


「え……桜さん、地球の人だよね?」


 ポカンとするルインに私は首を傾げた。


「地球人ですけど?」


「えぇー……あ、あー……彼と同じパターンかぁ」


 何かに納得したのかルインは一人頷くと「あ?」と、声を上げる。


 私をジッと見つめると、何かに気が付いた様に口を開いた。


「あちゃー、負のオーラが凄いと思ってたけど、ここまで追ってくるとはねぇ。桜さん、何か恨みを買ってたの?」


 ルインは私の足元を指さした。


「桜さんは存在消滅の危機にあるんだ。どういうわけか、あなたの世界から『桜さんへの憎悪』が追って来て、存在を削り取っているんだ。ボクの領域に居るから、浸食は遅いけど……その証拠に足元を見てみなよ」


 言われるまま、自分の足元を見てみるとつま先が紫に変色していた。


 それは毒が回る様に、じわじわと広がって来ている。


 動かそうとしてみると、変色した箇所に亀裂が入った。まるでガラスにヒビが入ったみたいに。


「え、何……これ」


「紫のそれが『桜さんへの憎悪』だよ。死してなお、あなたを呪う毒そのもの。普通、死んだら繋がりは切れるんだけど……切れずに桜さんの存在ごと消そうとしている」


 な、何でそこまで!?


 人に嫌われてきた人生だったけど、存在まで否定される様な事はやってないわよ!


……いや、あれか? 報復した奴とか仕方なく喧嘩を買った奴とか……それとも返り討ちにしたあの案件か?


 おうふ、心当たりがありすぎる。


「ねぇ、桜さん」


 真っ青になる私にルインは問いかける。


「このまま消えたい? 消えたくない? どっち?」


「消えたくないわよ!」


 大声で私は答える。


 本当は死にたくなんてなかった。大切な友達と遊んでいたかったし、やってみたい事だってあった。


 未練があるのに、そこにきて存在消滅? ふざけないで!


「もし、異なる世界だとしても生まれ変われるなら……桜さんは転生するかい?」


 凪いだ瞳はこちらを見定めようとしてるかの様に、真っすぐだ。

 今更だが、彼が本当に人間では無いのだと実感する。神様みたいに、私なんて足元にも及ばないんだ、と。


 黙っていると、ルインは薄く笑った。


「ボクの頼みを聞いてくれたら、それを切ってあげるよ」


 条件があるけど、と彼は言う。けれど、有無をも言わせない雰囲気を彼は漂わせている。


 だけど、私の心は変わらないわ。

 消えたくない、悲惨な目に遭っても良いから、生きていたい。


 私は彼の問いかけに頷く。見つめていたルインは、フッと表情を緩めた。


「なら、取引成立だ」


 打って変わり彼の雰囲気が穏やかなものになる。


「ボクがあなたを此処に呼んだのは、頼みたい事があるからなんだ」


「頼みたい事?」


「テンプレで申し訳ないんだけど、ボクが管理する箱庭……世界の一つを修復する手伝いをして欲しいんだ」


 それはまた、定番な……。


 救ってくださいじゃなくて、手伝いだけど。


 生温い目で見てしまったのは申し訳ない。謝らないけどね。ルインも苦笑いしてるくらいだし。


「ボクが管理している世界は三つあるんだけど、その内の一つに地球のデータを使って作った世界があるんだ」


 漂っていた地球儀の様な物の一つが、ルインの掌に降りてくる。それは地球儀にしては歪で、何というか小さい。


 何より決定的に違うのは、大陸が描かれた玉の色が薄いのだ。殆ど白に近い。

 というか、何か凄い単語が混じらなかった?

 って……。


「太陽系の世界軸及び、関わる事象や情報はフリー素材だからね。地球のデータを元にした派生世界は、今じゃゴロゴロあるよ。もちろん、管理者はそれぞれ違う世界がね」


 だから、進み方も存在の仕方も千差万別なんだ、とルインは言った。


 地球のデータがフリー素材……何というか、複雑だ。

 色々な物語が世の中にゴロゴロしているのと、関係していたりするのかしらねぇ?


「この世界も派生世界の一つ……なんだけどね。どういうわけか、本来、内包し存在しているはずのデータの一部が消えてしまった。そのせいで、不安定な世界になっちゃったんだよ。例えるならプログラムデータの一部が吹き飛んで、誤作動する的な」


「え、つまりはバグだらけなゲームみたいなもんなの!? この世界!」


「うん、そんな感じ。誤作動の仕方が天変地異とか物質的なものに限られるけど」


 つまり、存在自体が危ういって事よね!? それ!

 降り立った瞬間、世界滅亡とかシャレにならないからね!?


「これでも桜さんから見て、先輩に当たる子達が頑張ってくれたおかげで、だいぶ安定したんだよ。だから、天変地異が今すぐ起こる訳じゃ無いよ……誰かが起こさなければ、ね」


「おい、今、何て言った?」


 何か聞き捨てたらヤバイ事を言わなかった?


「はは、何の事かなぁ?」


 すっとぼけるルインにジト目を向けると、コホンと彼は咳払いをした。


「ちなみ消えたデータは幻想全般、神様とか魔法とかのデータだよ。魔法類は先輩達の頑張りで使えるけど、認識がすごーく曖昧になっている状態なんだ。おまじないは認識されているけど、魔法はされてない。けど、魔法を認識していると使えるみたいな、ね。まぁ、使うにしても今は条件付きになってるけど。神様も含んだ幻想の住人の認識も似た様なものかな」


 まぁ、そこは一度、置いておくね、と球体の上から降りたルインは、空いている手を私に伸ばす。


「ボクの依頼は世界の修復、その条件は現場となる世界への転生。桜さんはその条件を呑んだ。だから、引き受けてくれた恩恵をあげる」


 いくつかの光の玉が彼の掌に浮かび上がった。


「まず一つ、憎悪との繋がりを完全に断つ事」


 光の玉が一つ、私の胸の中に飛び込んでくる。その瞬間、ブツリと何かが切れた様な感覚がした。代わりによく知った繋がりを強く感じる。


「これで桜さんが消滅する事は無いよ。次は……何が良い?」


「え、決めて良いの?」


「良いよー。これは恩恵で、先払いの報酬みたいなもんだから……一部だけど」


 報酬の先払いって、それに聞き取れなかった最後の方がなんか、怖いんですけど!?


 悪徳商法に引っ掛かって無いよね? 私。


 こちらに向けられたルインの瞳は、とても澄んでいる。無垢な子犬の様な目だ。


 くっ……こんな目の持ち主を疑う事なんて、できない! 凄く怪しいと思うけど。


 胸元に手を当てる私をルインは不思議そうに見ている。


「え、えっと……何でも良いの? 何か制限とかある?」


「無いよ。桜さんが望むなら幾らでも。あ、でも内容によっては、アウトーって叶えられない物もあるよ。制限っていうならそれかな」


「ちなみにアウトラインは?」


「う、うーん。あえて挙げるなら、精神汚染を引き起こす知識や容姿、冒涜的な生物の持ち込みかな? 破壊行為は行き過ぎなければ、ボクは止めないかな。箱庭がストップをかけると思うけど……まぁ、行き過ぎなければ基本的は大丈夫」


 具体的なんだか、そうでないんだか……。


 しかも、前半のやつには凄く心当たりがあるなぁ。もし、考えてる通りのアレなら、禁止されてなくても持ち込まないよ。


 自爆したくないし。


 アレについては置いといて、どうしようかな?


「うーんと、じゃあケモ耳と尻尾が欲しいかな、擬人化した女の子みたいな」


「うん、解ったよ! 本当、好きだねぇ」


 光の玉がまた一つ、胸の中に飛び込んで消える。


 いや、だって好きに決めて良いなら、なりたい姿の方が良いもん。


「あと……アイテムボックスとか」


「あ、それは転生の初期特典だから、元からついてるよ」


「え、そうなの? じゃあ、アイテムボックスの中に、私が集めた本とデータを入れて欲しいかな」


 私は獣人、亜人といったケモノも好きだけど、オカルトも好きなのよ(自衛の延長上で)

 おかげで本棚とパソコンは『黒歴史』だらけになってます。ただしその『黒』は魔術とか呪術の『黒』だけど。


 見られるのもあれだけど、集めた物を手放したくない。


 いや、本当に人に見られたら正気度的にマズイ物がゴロゴロと……。


 ルインの返事と共にまた一つ、光の玉が胸の中に飛び込んでくる。


「あ、あと、錬金術のチート。使えない訳じゃないんでしょう?」


 生活に困らなそうだよね、使えると。


「まぁ。さっきも言った通り、住人の中にも使う奴も居るし、数は少ないけど獣人、亜人も居るし」


 ほぅ、それは良い事を聞いた。


 目を輝かせていると光の玉が飛んでくる。


 四つ目の光の玉が胸の中に飛び込んでくるのを見て、友達の事を思い出した。


 私の大切な友達で家族。皆と離れたくない、たとえ世界を飛び越えてしまったとしても。


 そこでふと、思い出したのが昔に出会った神様の事。いつかできたら良いなと、願った事を。


「……皆と――様と冒険したい」


 小さく呟いたそれに、ルインは嬉しそうに笑った。


「解った。どういう形にするかは、箱庭のルールに沿ってボクが決めるね」


 五つ目の光の玉が胸の中に飛び込んで、そこでもういいと私はルインに言った。


「皆が居てくれるなら、もう大丈夫。願うのはこの五つで良い」


「ふふ、彼らも喜ぶよ。桜さんの事、心配してたから」


 優し気に笑ったルインは、掌から光の玉を消した。そして何かを書き出し、それを私へと飛ばした。


 光の玉と同じく書かれた物は、私の身体の中へと消えていく。気が付くと私の身体は透け始め、視界が白くぼやけ始めていた。


「あ、身体なんだけど、訳があって七歳くらいの身体しか用意できないんだ。だから、転生と転移のミックスになるからね! それと説明書も付けておくから、箱庭……世界について詳しく知りたい時は読んでね!」


 いや、説明書って! ありがたいけど、扱い軽くない?


「あと、桜さんのお世話は先輩の一人に任せてあるから、彼女からも詳しく聞いてよ!」


「えっ!? その人の名前は!? 見た目は!?」


 教えてもらえないと、解らないんですけど! 必死に言い募るとルインはキョトンとすると、考え込み始めた。


「えっ、どっちの……あ、こっちで! 詠子うたこさんっていう、今は狐の女の人だよ!」


 いや、こっちって何!? 名前が二つあるの!? その人。あと、もうちょっと詳しく!


 狐って原型? それとも獣人なの!?


 聞きたいのだけど、透けた身体が消えてきていたせいか、声にならない。


「あ、滞在時間が終わるね。桜さん、いってらっしゃーい」


 ブンブンと手を振るルインの姿が遠ざかっていく。


 ツッコミをいれる間もなく、私の意識は途切れたのだった。


 だから。


「あ、戦う事態が起こるかもって、言うの忘れた!」


 と、ルインが慌てていた事に気が付かなかった。

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