自称魔族の下っ端は勇者の妹を拉致監禁することにした

朝霧

勇者の種違いの妹は傷だらけで綺麗な笑顔を浮かべた

 聖なる女が魔族に犯され孕まされて生まれた子、それが私だった。

 生まれたその時に殺せばよかったのに、人間達は聖なる女の胎から生まれた私に利用価値を見出した。

 そうしてそれから10年と7年。

 私は人間の奴隷として、種違い兄勇者の奴隷として生かされている。

 というような現状をざっと説明すると、魔王討伐の旅に出てからちょくちょく出会う魔族の下っ端さんは「へえ」とつまらなそうな顔をした。

 今日は色々あって勇者様達とはぐれて道に迷って右往左往しているところに遭遇してしまったからどうしたものかと思っていたけど、彼は何故か私に攻撃しようとせず、それどころかカケラも警戒していないような無防備さで私に「お前何者?」と聞いてきたのだった。

 話さない理由もないのでざっと自分の現状を説明したけど、彼はなんでこんなことを聞きたがったのだろうか?

「そういう事情だったわけね。勇者様の妹のはずなのにやたら酷い目に遭わされてるようだったし、人間らしくないからなんでかなって思ってたんだけど、納得した」

「ええ。そういうわけであの人達にとって私はただの奴隷なのです。ただの肉壁。気が悪い時に袋叩きにできる人の形をした生物」

 なんて改めて言葉にするとそこそこ悲惨な自分の現状に、思わずかすかに笑ってしまった。

「逃げればいいのに」

「無理ですよ。逃げ切れるはずがない。それに逃げ切れたところで私なんかが幸せになれるわけないじゃないですか。こんな半端者が真っ当に生きられる場所なんて、ない」

 わかりきったことを言うと彼はつまらなそうな顔を崩さずこう言ってきた。

「じゃあ、お前はずっと不幸なままだね。しあわせになんてなれないって思ってるくせに、生き続けているのってどんな気分?」

「よくはないですね。でもどうしようもないので。でも最初からわかりきっていたことなので、もう何も感じません」

 今日のうちに死んでしまえれば幸いだと思っているような人生だ。

 続ける意味もないのに生きているのは、死ぬことすら許されていないからだし。

 だからもう、死ぬその時まで淡々と生きるだけ。

「……馬鹿な女」

「ええ。そうですね」

 彼の言葉に心の底から肯定すると、彼はなんだかよくわからない複雑な顔をした。

 彼はしばらく顔をうつむかせて何かを考え込んでいた。

 沈黙に耐え切れずに私が声を発しようとしたところで彼が顔を上げる。

「…………おいで、しあわあせにしてあげる」

 と溜息を吐きながら彼はこちらに手を差し出してきた。

「……え、っと?」

「助けてやるっていってんの。半分とはいえ一応同族らしいからね」

 差し出された手を見て、考える。

 その手を取れば幸せになれるだろうか。

 いいえ、だめだ。

 それはきっと彼を不幸にする。

 私は聖女の胎を介して生まれた人と魔族の交ざり者。

 そのせいで特殊で有能な力を持って生まれてしまったのだ。

 その力は人間のために使えばそこそこ役に立つ。

 だから、あの人達は私を心の底から嫌悪しながら私を生かし続ける、絶対に逃さないし、私を逃がそうとする者は消そうとするだろう。

 幸せにしてくれると言ってくれた人が私のせいでひどい目にあうのは嫌だ。

 それは幸せとは遠く離れている、ただの悲劇だ。

 きっと一時的にはとても幸せになれるのだろうけど、惨劇を予測したうえでその幸福を取れるほど私は愚かではなかった。

 だから笑ってその手を取らない選択を取る。

 きっと、綺麗な笑顔を浮かべることができていると思う。

 演技でも嘘でもなく、本当に嬉しかったから。

「その言葉だけで充分ですよ」

 そう、今の一言で私はそこそこ報われたのだ。

 誰かに手を差し出してもらえるだけの価値が自分なんかにあったと知ることができたのは純粋に嬉しかった。

 ならそれだけで充分だ、それだけで生きていけるし、この先何十年生きることになったとしても構わない。

 だから私はもう大丈夫。

「――はぁ?」

 笑った私と正反対に、彼の機嫌がとてもとても悪くなった。

 少し焦る、感情に乏しい彼がそんな顔をするのは珍しいし、その原因がおそらく自分なのだろうから申し訳ない。

 差し出されたその手を私が掴むのがきっと彼にとっての正解だったのだろう。

 それでも私がそれをするわけにはいかない。

 他の誰がどうなっても知らないけれど、私のために手を差し出してくれたこの人だけは私の事情に巻き込みたくないし、死んでほしくないし酷い目にあってほしくない。

 だからこれがきっと私にとっての正解だ。

 彼にとっての不正解を選んだ私が、どうか素直に彼に嫌われてしまえばいい。

 本当に馬鹿な女だと言い捨てて彼がこの場を立ち去ってしまえばそれで模範回答だった。

「なに? お前、俺がお前のクソ兄にどうにかされるとでも思ってんの?」

「…………」

 肯定するか少し迷った。

 その通りだからもう充分だと彼を拒んだわけだけど、それを素直に言ってしまっていいものか。

 考え込んでいるうちに無言の肯定だと思われたらしく、彼の顔が一層厳しいものになっていた。

「……そこまでみくびらないでほしいな。あんな雑魚に俺がやられるとでも? 本気でそう思ってる? えっ、嘘……自分でもびっくりするくらい不愉快なんだけど」

「ざ、ざこって…………確かに下っ端さんは下っ端っていう割にとても強いですけど…………それでも私の兄は勇者ですから……」

「それが何? 俺の方が強いけど?」

 確かに旅の序盤から今までちょっかいをかけてきているにもかかわらず、この人は勇者に倒されていないのだ。

 あれ? 待って下っ端さんでこれだけ強いっとことは上の人ってどれだけ強いんだろうか?

 魔王とか、その子供達であり配下でもある七つの大罪とか、魔王を長く支える叡智の大賢者とか。

 下っ端でこれだけ強いのなら、そういう上層部の人達って、本当に本当に強いのでは?

「…………」

 もう一度考え込む、想定していたよりも人間の未来は暗いのかもしれない。

 まあ、私はどちらにせよお先真っ暗なわけだけど。

 人でもなければ魔族でもない。

 人間が魔族に勝ったところで最終的にはどうせいわれなき罪を押し付けられて無残に処刑されるだけの存在だし、魔族が勝ったとしても私が救われるわけもない。

 それでも小さな灯火を見つけられたから充分だけれども。

「――むかつくんだけど。何そのもう何もかもどうでもいい、って顔」

「……そんなつもりは、ないのですが」

 少なくともこの人には酷い目にあってほしくない。

 だけどそれだけだった、それ以外のことはもう自分を含めてどうでもよかった。

「……もういいや、疲れた、面倒臭い、どうでもいい」

「そ、ですか……それじゃあ……ええと、さよならです……ありがとうございました」

 この人っていつもこうやって途中で面倒臭がってどっかいくんだよなあ、と思いつつぺこりと頭を下げる。

 さあ、早く合流しないと。

 どっちにしろお腹を蹴られるんだろうけど、早めに合流しておいた方があちらの腹の虫も収まりが早いだろう。

「は? どこいく気?」

「え……」

 頭を上げたら彼がすぐ目の前に立っていた。

「えと……そろそろ、勇者様達と、合流……」

「させると思う?」

「……はい?」

 今のはそう言う流れでは? と首を傾げていると鳩尾に衝撃が。

「……っ!?」

「もう考えるのもお前と話をするのも面倒臭いから、しばらく寝ててよ」

 すぐ近くから聞こえてきているはずの声が何故かとても聞こえにくくて、意識が薄れて消えた。


 いなくなった勇者の種違いの妹を探していたら、この旅のはじめの頃から時々遭遇する魔族の少年が現れた。

 下っ端を名乗るその魔族は、気を失っているらしくぐったりしている勇者の種違いの妹を抱きかかえていた。

「やあ、勇者諸君」

「お前は……!」

 警戒心を露わにする勇者達に、自称下っ端魔族は欠伸をしながらこんなことをのたまった。

「いやあ面倒臭いからどうしようかと思ったけど、一応言っておこうかなと思って」

「……何を」

「お前の妹、俺がもらうから。それだけだからそんじゃまたね」

「おい待てどう言うことだ…………!!?」

 叫んだ勇者の顔面に向かって何かが真っ直ぐ飛んできた。

 勇者はそれをギリギリのところで掴み取る。

 それは小さな紙だった、手のひらに収まるくらいの、長方形の上質な硬い紙。

 掴んでいなければ右目に突き刺さっていたであろうその紙切れには、何か文字が書かれていた。

「それ、俺の名刺だから。改めましてどうぞよろしく、愚かな人間の勇者様。そう遠くない未来にまた会うことになるだろうけど……その時は殺すから」

 首洗って待っててね、と小さく手を振った下っ端の魔族の姿が彼が抱えている勇者の妹ごと搔き消える。

 転移魔法だ、かなり遠くに飛んだらしく追いつくどころか転移した場所を特定することも難しいだろう。

 彼を追うことをひとまず諦めた勇者は手に残った紙切れを読み上げて瞠目した。

 そこには下っ端を名乗った彼の肩書きと名前が書かれてあった。

「七つの大罪……ベルフェゴール……」

 その名を聞いた勇者の仲間達の間に動揺が広がる。

 それは7人いる魔王の末の子の名前だった。

 

「あいつら今頃騒いでるんだろうなあ」

 あちこち傷だらけの少女の身体を抱えこんで、彼はつまらなそうにそう言った。

 別に嘘をついたつもりはなかった、彼は確かに兄弟達の中では一番年下の末っ子で『下っ端』だったからだ。

「でもバカだよね。あいつらもお前も。俺のこと本当に魔族の下っ端だと思ってたんでしょ?」

 普通なら気付きそうなのにね、と彼は呆れたような声でつまらなそうに呟いた。

 未だ目覚めない少女の頰をつつきながら、彼はこれから色々と面倒なことになりそうだと溜息をついた。

 兄や姉達がきっとうるさいだろうから、バレるまではとりあえず自分の部屋に閉じ込めておこう、と彼は考える。

 バレたらきっとすごく面倒なことになるだろう、厳格な兄と姉は怒るだろうし、双子の姉は手を出してきそうだし、残りの姉には半径3メートルは近づいて欲しくないし、残りの兄はうるさそうだし。

 両親やその部下達も愉快犯ばかりだから、そちらにバレても良いことにはならないだろう。

 うわあ、面倒臭い、と彼は深々と溜息をついた。

 それでも、今のところ腕の中にいる面倒ごとの元である少女を手放す気になれないのだから、不思議なものだと彼は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自称魔族の下っ端は勇者の妹を拉致監禁することにした 朝霧 @asagiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ