第14話 パウルの両親二

「アイビー、部屋を用意してくれ。妻が足に怪我をしてね。薬草も頼むよ」


 アイビーと呼ばれたパウルの母は、陛下と知り合いのようだ。しかも陛下のことを「ファル」と呼んでいる。

歳はアイビーが少し上みたいだが、それだけで親しい間柄だと推測出来た。


 パウルは陛下のことを知らなかったのに、お母様は知っているのね。どう言う関係かしら?


 じっとアイビーを見ていると、ふいに視線が合った。

 まるで、私を品定めしているような鋭い視線に、思わず圧倒される。

 この女性、隙がない。ただの宿屋の女主人ではなさそうね。訓練を受けているなら、この宿屋全体が街の監視と情報屋としての機能を兼ねているのかも知れない。

 そうであれば、陛下と知り合いなのも頷けた。



「かしこまりました。部屋はすぐにご用意出来ますので、こちらへどうぞ。私がご案内致します。パウル、お父様の所へ行って薬草を貰って来て。あと道具もね」

「う、うん」


 パウルが不安げに私を見上げた後、言われた通りに奥へと走って行った。


「あの……」

「お話はお部屋で。ファル様のせいで目立っておいです。これからは先触れをお出し下さい。こちらも色々と準備がございますので」


 パウルのお使いをダメにしたことを謝ろうとすると、すぐに遮られる。

 どうやら、私達は凄く目立っているようで、宿屋の客達の視線が突き刺さっていた。それを軽く受け流し陛下達が歩き出した。

 アイビーを先頭に、抱き抱えられている私と陛下が続き後ろには二人の護衛。

 確かに凄く目立つ。


「ごめんね。何せ、うちのお姫様が意外とお転婆で振り回されてしまって、こっちも大変でさ」


 陛下の言葉に、申し訳なさが募る。


「あら、城を抜け出すくらい可愛いものですわ。ファル様は十年前に、こっそり他国の船に乗って、皆を心配させたではありませんか? あの時、何人が心労で倒れたか」


 アイビーはどうやら陛下を昔から知っているらしい。

 その言葉に、陛下はバツが悪そうに目を逸らしたことを私は見逃さなかった。



「それは言わない約束だよ。反省してる。あの後、二カ月は城の外に出して貰えなかった。あれは苦痛を通り越して地獄だったよ。毎日が勉強と剣術の稽古。空いた時間は図書館に閉じ込められたから死ぬかと思った」

「自業自得ではありませんか。少しは賢くなられたでしょう?」


 不敬を物ともせず堂々と言い放つアイビーを私は尊敬してしまう。


「相変わらず容赦ないな」


 苦笑する陛下の姿は素のままらしく、アイビーに気を許しているのが伺える。

 それからも、二人の会話を聞きながら、私は別の心配をしていた。

 目的のティーレさんの情報が全く手に入っていないのだ。陛下も一緒に泊まるのなら、宿を抜け出すことは不可能に近い。


(エリカ。いい加減に諦めて下さい。もう危険な真似はしないように。良いですね?)


 またもやカーヤが念を押す。

 いつも冷静で同じことばかり言うカーヤに反抗心が沸いた。


「また、お説教なの? 私は一人で大丈夫よ。一人で満喫するはずだったのに、カーヤが……」


 顔に感情が出ることはないが、心の中でカーヤに苛立ちをぶつける予定が、声に出してしまった。

 私の声に、陛下達の足が止まる。

 陛下に抱き抱えられている私の正面には護衛が二人。二人共訝し気に私を見ていた。


(あーあ。最悪ですね、エリカ。自分で何とか切り抜けなさいよ)


 カーヤがそれだけ言うと黙り込んだ。


「今、誰に何を言いかけた? カーヤ?」


 冷静を保とうと自分に言い聞かせる。だが、手に汗をかくほど動揺していた。

 ……やってしまった。ここは、寝たふりとか貧血とか……無理かな。


(それは無理ですよ。どう見ても不自然でしょ。もう、私の存在を陛下に話したらどうですか? ミモザ様からは許可が出ているでしょう? 影である私のことを教えても良いと)


 確かに、カーヤの存在を陛下に明かすことは許可されていた。でも、まだ私は陛下を信じていない。

 なら、この場を切り抜けるのには……。


「独り言です。私、空想癖がありますの。たまに呟くので気にしないで下さい」


 我ながら無理があると思いながらも、自然体を心がける。


「……わかった。部屋でゆっくりと話をしよう」


 私の棒読みのせいか、陛下が笑いを堪えている。ちらりと護衛を見ると、護衛達も目を逸らし、わざとらしく咳をしていた。

 表情を変えないのはアイビーだけらしい。


(嘘がばれていますよ、エリカ)


 他人事のように冷静に話すカーヤに何も言えなかった。

 居たたまれない空気のままでいると、アイビーの歩みが止まる。


「こちらのお部屋でございます。ところでファル様、奥様とはお部屋はご一緒でよろしかったでしょうか? 別にして欲しいと言われても今夜は満室ですので、その場合は城へお帰り下さいませ」


 別にして欲しいと声を上げようとしたが、アイビーに先手を打たれた。これには何も言えない。


「ああ、問題ないよ。アイビー、これから夫婦で大事な話があるから誰も近づけないでくれ」

「仰せのままに」


 陛下の言葉に、私の意志は関係ないとばかりに、アイビーが頭を下げる。

 まさかの一緒の部屋発言に抗議しようとするが、陛下と一緒に部屋へ入ると、無情にも扉は閉められた。




「……陛下、今、幻聴が聞こえたのですが部屋は別ですよね?」

「一緒だよ。また、夜に抜け出そうと企んでいるかも知れない要注意人物とは、常に傍にいないとね」


 ……なぜ抜け出したいと思っていたのがばれているのだろうか。それよりも今の問題は部屋だ。


「陛下、やっぱり城へ帰りましょう。皆様、心配していらっしゃると思いますので」


 陛下と同じ部屋で朝までとは息が詰まる。

 それに、いくら陛下が私に興味が無いと言っても、式も挙げていない男女が一緒の部屋はいかがなものかと焦ってしまった。

 そんな私の反応を予想していたのか、いきなり陛下が寝台の上に私を放りなげた。


 柔らかな弾力が身体を包み痛みはない。すべらかなリネンを背にして、見上げた先は、白亜の天井。

 だが、その天井は岩肌のような凹凸がある。壁に視線を投げると、同じように自然な丸みが至る所に見られた。


「ここは崖の中?」

「そうだ。ここは人工的に作られた建物ではなく、自然に出来た空洞を補強して部屋にしている。外を見てみろ。海が一望出来るぞ。だが、その前に……」


 外と言われ、起き上がると、なぜか陛下が寝台の端に腰かけ、私の足を掴んで靴を脱がす。


「――陛下!」


 絹の靴下を履いているとは言え、陛下に足を触られるだけで、羞恥心で死にそうだ。


「痛いだろ?」

「触らないで下さい。自分で対処出来ますので」


 動揺を見せないようにと、いつもの調子で淡々と声を上げるが、陛下は私の足を離さない。


「ねぇ、彫刻の姫君。君はさっき誰と話をしていたんだい? 『カーヤ』とは誰? それと、高台にいた時も、誰かと話をしているようだと報告を受けているよ」

「えっ……」



 まさか、この体勢で尋問されるとは思ってもいなかったため反応が遅れた。

 陛下がいきなりに私の肩を押し、柔らかなリネンの海へと身体が沈む。白亜の天井がまた見えたと思ったら、そこに端正な陛下の顔が現れる。


 何が起きたのかわからずにいると、身体に重みが加わった。

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