第13話 パウルの両親
「お姉ちゃん、急ごう。母さんに美味しい料理をいっぱい作って貰うから。それを食べれば元気になるよ」
降って来た雨を見上げていると、急いで帰ろうとするパウルに腕を引っ張られる。
それに頷くと、痛む足に力を入れて立ち上がる。歩き出そうとすると、目の前が黒に覆われた。
何事かと警戒すると、背中に手を添えられ抱き上げられた。
雨から守る様に身体を覆ったのは、陛下が身に着けていた黒いマント。
「あ、あの。自分で歩けますけど」
小さな声で陛下に耳打ちすると、陛下が顔を歪めた。
「足の怪我に気づいていないとでも? もう、歩くのも辛いでしょう。更に悪化したら、城の部屋から一カ月は出しませんよ」
どうやら、陛下には気づかれていたようだ。しかも、何気に脅してくる。
「……申し訳ございません」
「お菓子は美味しかったですか? とても楽しそうだったと報告を受けましたが。ビューの処であんなに食べていたのに、まだ足りませんでしたか?」
「えっ……」
そう言えば、高台でカーヤが周りを気にしていたのを思い出した。
(やっとで気づきました? 高台で菓子を食べていた時からいましたよ。陛下の護衛達が。全部見られていたんですよ)
呆れたカーヤの声に恨みたくなる。
知っていたなら教えて欲しかった。
(仕方ないでしょう。私が何を言っても聞く耳を持たず、城に帰る気配もない。私が教えていたら護衛達を撒くでしょう。危ないから言うのを止めたんです。今も危なかったでしょう? 護衛がいて良かったですね。陛下も来るとは予想外でしたが)
私の安全を第一に考えるカーヤらしい選択だ。
菓子をバクバク頬張っている姿を陛下に報告されたと言うことは、平垣に上っていたのも知られているのだろう。
恥ずかしすぎて、ここで気を失ってしまいたい気分だ。
「こっちだよ、早く」
パウルが、私達二人を見て声を張り上げる。
護衛達は二人を残し、他はいつの間にかいなくなっていた。
陛下が護衛に合図を送ると、二人は辺りに気を配りながら、距離を取って私達に付いてくる。
「あ、その荷物下さい」
少し離れた場所に落ちていたパウルの白い包みを指さす。護衛の一人が拾ってくれたが、私に渡してくれない。
「……あの」
「心配いらない。宿屋に着いたら渡そう。失くさないよ。あと、首に手を回してくれないかな? 歩きにくいから」
スタスタと歩き出した陛下に何も言えなかった。
言われた通り、緊張しながら陛下の首に手を回すが落ち着かない。
「あの、申し訳ありません。迷惑ばかりかけて。私は一人でも大丈夫ですから、陛下はお帰り下さい」
少しの沈黙も息苦しかった。だが、そう言うと、陛下に睨まれた。
その意味がわからなくて戸惑ってしまう。
「あなたは自分の立場を理解していない。さっきのように、また絡まれたらどうする? 一人では対処出来ないだろう?」
やはり、私の見た目が感情のない人形に見えるからか、何も出来ないと思われているらしい。王女と言う身分から、そう考えるのは妥当だが、私はそれには当てはまらない。
ここで、私の力について語ることも出来るが、私はまだ……陛下を信用していない。だから、力については教えることが出来なかった。
私の力は一部の自然を操る。それと、カーヤ自身の力もまた、普通の人間からしたら脅威だろう。
何より、力を目の当たりにした時の反応が怖かった。
人には無い力を持つ者は、畏怖の対象にしかならないからだ。
「あの、シラーからの書簡に記されていませんでしたか? 何かあっても一人で対処出来ると」
他の姉妹達と違い、私はある程度の訓練を受けている。
なぜなら、三番目の王女だからだ。
一番上の姉は国を継ぐために。二番目の姉はそのスペアとして。そして、三番目の私は、国が危機に陥ると一番に戦うことを求められた。それが、丸薬しか扱えない私が与えられた使命だった。
「聞いている。平和が脅かされれば、危険だと判断した場合は、あなたを前線に立たせるようにと」
やはり、父王は伝えていた。
娘の幸せを願わず、国の利益だけを追い求める国王らしい考えだ。
「知っていたなら、なぜ助けてくれたのですか? 私の考えとしては、船に乗ってから対処する予定でした。パウルが捕えられていたので」
「一つ言っておく。ここはシラーではない。君を前線に送り込んだり、さっきのように助けられないほど弱くも人手不足でもない。勝手な行動は慎んで貰いたい」
これには驚いた。
書簡には、私の力についての記述は無かったのだろうか。それが記されていたのなら、誰もが戦力の一つだと考えるのに。
「……暗くなって来たな。今日は、宿に泊まろう。視察も兼ねていれば奴らも何も言わないだろう。それに、会いたい人もいるからな」
陛下が会いたい人?
そう言った陛下の雰囲気が和らぎ、ふいに歩みが止まった。
「着いたぞ。あれがハイブリー一の宿屋だ。それとハイブリー一の変人がいる」
「変人?」
そう言えば、さっきの赤毛の女性も、パウルを見て「変人の息子」だって言っていたわ。陛下も知っている口ぶり。知り合いなのかしら?
「こっちだよ!」
パウルの声につられて視線を向ける。
巨大な白い煉瓦造りの建物が宿屋らしい。その後ろは崖になっている。建物の青い扉の前で、パウルが両手を振り「早く」と急かしていた。
「ここは、前から見ると三階建てだが、中に入ると違う。それが、ハイブリー一と言われる由縁だ。行こう」
白い建物は素敵だけど、この崖は大丈夫なのかしら。大雨が降り続いて地盤が緩くなったら崩れるのでは……。それに街の中心に位置しているから他国から攻撃されたら標的にされやすいのではないかしら?
そう考えると怖くなり陛下の服を強く掴む。
「怖くないから。あれは、崖も宿屋の一部になっている。崖の上部と崖の上は兵士や騎士の宿舎も兼ねている」
「そうなのですか?」
騎士達がいるのなら、敵が攻め込んで来ても対処は早い。でも、自然災害には課題が残る。
「それと、我が国は発明大国だ。それは中で話そう」
陛下はここへ良く来ているのか、宿屋の中へ入ると、目的の人物がいるのか歩みを止めない。
すると、先に中へ入ったパウルが、一目散に一人の女性へと駆け寄って行った。
すらりとした体型と、パウルと同じ金に近いブラウンの髪と、海と同じ青い瞳。足元まで隠れる飾り気のない黒い服。その上にレースで編まれた羽織りを肩からかけている。
見た目は厳しそうに見えるが、客に接する笑顔は安らぎを与える。何より、その立ち振る舞いに隙がない。
辺りを見ると、宿屋で働く女性は皆、同じ装いのようだ。
「パウル。走ってはいけませんと何度も教えたでしょう。それと、ここから出入りしてはいけません。家に入るのなら裏口からよ。……お願いした品物は?」
客に見せる柔和な笑みとは違い、パウルに見せる顔は厳しい。
「あの、母さん。荷物なんだけど……」
さっきまでの元気なパウルとは違い、俯いて落ち込む姿を見て胸が痛くなる。
「あ、あの。パウルを責めないで下さい。私が悪いのです。陛下、下ろして下さい」
さすがに、この体勢で謝るのは常識的に考えてありえないと思い、小声で陛下にお願いする。
だが、私の頼みも空しく陛下は首を横に振った。
すると、私達に気が付いたパウルの母は戸惑った表情を見せた後、綺麗な一礼した。
「お久ぶりです。ファル様。今夜はお泊りでしょうか?」
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