第15話 宝石と治癒

 陛下によって押し倒されたと理解した時には、身動きは取れなくなっていた。

 両手を拘束され、その様はまるで羽をもがれた蝶のようで、これから起こりうる事態を考えると頭が痛くなる。


 どう考えても尋問だ。やはり、さっきの私の良い訳には無理があったらしい。

 正面を見つめると、至近距離に陛下の整った顔が迫っていた。

 余裕があるその笑みを見ていると、苛ついてくるのは仕方がないことだと思う。


「……お戯れは他の女性でお願い致しますわ、陛下。それに、私に何を聞いているのか理解出来ません」


 一通り抵抗を試みるが、やはり男と女では力が違いすぎるせいか逃れることは出来なかった。

 早々に抗うことを諦めて毅然と言い返すが、陛下はこの無礼な行為を止めようとはしない。


「白を切り通すのか、この状況で? あの下手な言い訳は誰も信じない。彫刻の姫君には、傍に誰かいるのかな?」

「何も存じません。さっきのは私の空想癖です」


 そう答えると、あからさまな溜め息が耳に届く。


「本当に感情が出ないのか。突発的な状況で不測の事態が起こると、君も少しは狼狽えて素が見えるかと思ったけど違ったようだ。普通なら泣いて叫んで助けを呼ぶだろう?」

「私を、シラーの姫君を、一般的な括りで扱うのなら考えを改めることをお勧めします。姉も妹達も癖がありますので」

「……覚えておく。それで、君の騎士を紹介してくれるのはいつかな?」



 そう言うと、陛下が私の手を離しながら起き上がる。そして、私の手を取ると、背中に手を回し起こしてくれた。

 どうやら、カーヤの存在を確信しているようだ。


(エリカ。陛下はシラーの王族と生涯を共にする影の存在を知っているのでは? ここまで来たら教えても良いと思いますよ?)


 カーヤはそう言うが、私はカーヤを陛下に紹介する気が起きない。カーヤが利用されては困るからだ。


「……考えておきます」


 この返事ではカーヤの存在を肯定したようなものだが、これ以上は拒否するように陛下から顔を逸らす。


「わかった。その時まで大人しく待っているよ。君は表情も変わらないが、性格も頑固そうだから」


 陛下が呆れたようにそう言うと、カーヤが笑っているのが伝わってきた。


「まずは怪我の手当てをしよう。よく、こんな足で歩いていたな。腫れている」

「手当ては自分で出来ますから!」


 また、私の足に触れようとする陛下を慌てて止める。


「そう? 私も一応習ったから出来るのに。薬草類を貰って来るから待っていて。動くなよ。どこかへ行ったらすぐに城へ連れ戻すからね」


 悪魔のような笑みを浮かべてそう言うと、陛下は部屋から出て行ってしまった。


「どうして、私が何処かへ行くとわかったのかしら」

「前科があるからでしょう。エリカ、少しは大人しくして下さい。このままではシラーの名も落ちてしまいますよ。他の姫君達が頑張っていても、エリカがこれでは……」


 大げさにため息を吐くカーヤが恨めしい。しかも、他の姉妹と比べられることほど嫌なことはない。

 治癒の力が低い私は、どちらかと言えば役立たずな落ちこぼれだ。

 気分がどんよりと暗くなる。

 怪我をした足を見ると、踝のあたりが張れていた。触れてみると、熱を持っているかのように熱い。


「冷やして煎じた薬草を貼るしかないですね。城へ帰ったら丸薬を飲みましょう。私の力を使っても良いですけど、陛下がいては使えません。すぐに腫れが引いていたら驚くでしょうからね」


 カーヤが私の髪を伝い下りて来ると、怪我を確認する。


「ええ、そうね」


 頷きながら返事を返すと、扉が開く音が聞こえた。

 現れたのは陛下の他に、アイビーや宿屋のお仕着せ姿の女性達。どうやら、薬草の他に食事も運んでくれたらしい。

 美味しそうな匂いに、途端にお腹が小さく鳴る。


「お腹も空いただろう? おススメの料理を運んで貰ったから。ああ、毒味は全てアイビーがやってくれたから安心して。疑うなら、ここでも食べてくれる。それと、薬草」


 陛下が寝台に腰かけると、アイビーが手際よく私の傍にテーブルを置く。そこに、一般的な治癒で使う薬草が入った器を並べてくれた。


「先に煎じておこうと思いましたが、ハイブリーとシラーとでは、煎じ方が違うかと思いましたので、そのままお持ち致しました。足りない材料がありましたら申し付け下さいませ」


 並べられた薬草を確認する。カーヤが何も言わない所を見ると問題なさそうだ。


「ありがとうございます。これで大丈夫です。あとは水盤をお願い出来ますか?」

「水盤でございますか? 少々、お待ち下さい」


 アイビーが不思議そうに呟くが、後ろに控えていた女性に指示を出す。視線を感じて陛下を見ると、興味津々の様子で私を見ていて何だかとてもやりにくい。


「ハイブリーでは水盤を使わないから楽しみだ。それよりも、他国に治癒技術を見せても大丈夫なのかな?」

「ええ、構いませんわ。普通なら薬草をすり潰すのですが、私も少々疲れましたので楽をしようと思います」


(エリカ……。すり潰して調合するだけでしょう? この程度の怪我に力を使わないで下さい。宝石が勿体ない)


 私がこれから多少の力を使うことに難色を示すカーヤの言葉を、聞こえないふりをして無視する。

 そのすり潰すやり方で三十分はかかるのだ。そんなことをしていたら、せっかく運んでくれた料理が冷めてしまう。



 すでに腹ペコで足の痛みよりも食事をしたい。それに、力を見た時の陛下の様子が知りたかった。カーヤの存在を教えても良いのか確かめたかった。

 陛下から視線を外し、窓辺に並べられていく料理を眺めていると水盤が届く。大きさも丁度良い希望の物で、色も白と理想通り。


 それに必要な薬草を入れて水を注いだ。

 そして、シラーの治癒に必要不可欠なのは宝石。

 確かにカーヤの言う通り、この程度の怪我に高価な貴石を使うのは気が引ける。そこで、宝飾品としての価値は高いが、治癒として使うには微妙な石を使用することにした。


 今回は耳飾り。

 今、付けている耳飾りには三つの小さな宝石が連なっている。一番下についている赤い宝石だけを取り外すと、薬草が入っている水盤に投げ入れた。


「シラーの王族は治癒に宝石を使うと聞いていたが本当だったんだ」


 陛下が水盤を覗き込む。

 どうやら陛下だけではなく、アイビーや宿屋の女性達、そして、いつの間にか室内にいた護衛達も興味深そうに私の手元を見ていた。


「ええ。私は宝石を使用する治癒は簡単なものしか出来ません。ですが、姉や妹達はそれこそ大怪我や大病も治します」


 そう説明した後、皆が見守る中、水盤に手をかざした。

 力を込めると、淡い赤い光が水盤に集まる。

 淡い光は赤い宝石に集まると、その形を変えドロリと溶け出す。そして、薬草を侵食するようにジワジワと広がり同じように液状へと姿を変えた。

 光が収まった水盤の中には、黒い緑色の粘り気のある物体だけがそこにあった。


「……凄いな。それで出来上がり?」

「ええ。これを足に塗って固定して終わりよ。……皆様、そろそろ部屋から出て下さる?」


 さすがに護衛やアイビー達に足を見せる気はなれず、さっさと出て行け。と退室を促す。なんなら陛下も出て行って欲しいが、それは無理だった。

 アイビー達が出て行くのを見送ると、物珍しそうに水盤の中を眺めている。


「陛下は私のこの力が気味悪くないのですか?」

「なんで? とても興味深いよ。それに、シラーから出回っている丸薬はとても効くと評判が良いからね。初めて見たけどシラー王族の力は凄いね……」


 どうやら、シラーから他国へと売られている季節風邪や怪我を治す丸薬を陛下も知っている様子。陛下が言う通り、丸薬は高値で取引され貴重なシラーの収入源となっていた。


「そうですか……」


 陛下はここから動く気配はない。

 私はあきらめて出来上がった薬を腫れた足に塗り、その上に菌を除去する薬草をあて白い布で巻いていく。


「手慣れたものだね。シラーでは姫君達も民の治癒をするのかな?」


 手当てが終わると、陛下が世間話のように聞いてくる。


「ええ。シラーはハイブリーと違って小さく民も少ないですから。私達も気軽に街へと行って手伝います。薬草も育てたりしますよ」


 不思議な力で守られているシラーでは他国から人が来ることはまずない。おかげで街も平和で争い事も起きることは少なかった。


「それは羨ましいね。私も若い頃は街へと内緒で繰り出していてね……良い思い出だ」


 窓の外を見つめた陛下の瞳には、悲しみが見えた。

 誰かを思い出すように切ない眼差しは、私の心をなぜかざわつかせる。


「……すまない。食事にしようか」



 私の視線に気が付いた陛下は、すぐにいつもの嘘くさい笑みを浮かべて「食べよう」と促した。

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