第11話 動いた運命二

「大丈夫? 気を付けてね。あら、……あなた」


 倒れ込んだままの状態で顔を上げる。

 すると、私を見た女性は息を呑んだように思えた。しかも、なぜか驚いているようだ。

炎のような見事な赤毛に、夜の闇を閉じ込めたような漆黒の瞳。女性としては珍しい三角帽を被っている。


 しかも、女性が身に着けるスカートではなく、海賊や船乗りのような服装。

亜麻布のシャツの上に革で仕立てられた丈の短いベストに黒のトラウザーズ。ベルトを巻き、牛革製の紐を編み上げた頑丈なブーツ。

 ベルトに下げられている短剣や鍵が、女性が動く度にちらりと見えた。

 さらにマントを身に付け、何よりも印象的だったのは、首から下げている銀とダイヤモンドで出来ている十字架。


 その女性の両脇には、頭の切れそうな細身の男と、まるで騎士のような体躯の屈強な男が二人守るように立っていた。


「お姉ちゃん!」


 微笑む女性の手を取ろうとすると、パウルがその手を払いのけ、私達の間へと入り込んだ。まるで、私を守るように。


「まあ、勇敢な坊やね。どいてくれるかしら? その綺麗なお嬢さんとお話がしたいの」

「嫌だ! お姉ちゃんは渡さない」


 パウルの反応から、この女性が誰だか知っているようだ。小さな体で両手を広げ、懸命に赤毛の女性と対峙してくれているが、その足は震えていた。

 しかも、さっきまで大騒ぎしていた男達や、それを囃し立てていた野次馬達も、なぜか静かになり遠回しに私達を見ている。



「まあ、酷い言い方ね、坊や。私は人さらいではないわよ? 商売をしているだけなの。そうね、言うなら仕事の斡旋かしら?」

「嘘だ。その船に乗った女の人は皆、帰って来ないじゃないか!」


 そう反論したパウルの声は震えていた。


「そうね。なんて言えば良いのかしら? まだ小さい坊やにはわからないわね。それよりも、そこのお嬢さんは、この辺りではみない顔ね。どこから来たのか聞かせて貰っても?」


 なぜか赤毛の女性は私に興味があるらしく、じっと見つめてくる。勝気な態度の女性には似合わない、哀しそうな瞳で。


「知らない人とは話をしない主義なの。失礼するわ」


 ここから早く離れる方が先決だけと判断し、パウルの腕をとる。


「残念だけど、綺麗なお嬢さんとお話したいの。私の船でどうかしら? 海から見るハイブリーも素敵よ。船からしか見えない景色もあるの。ね、行きましょう」


 女性の横に立っていた屈強な男が、パウルを私から引き剥がし自由を奪った。


「離せよ! お姉ちゃん、逃げて」

「パウル!」


 暴れるパウルを男が簡単に抑え込む。助けに行こうとすると、赤毛の女性が私の前に立ちはだかった。


「ごめんなさいね、手荒な真似をして。大丈夫よ。あの子は、あの変人の息子でしょう? 無事に家へ帰すから安心して」

「パウルのこと知っているの?」

「ええ、とても良く。あの子のお父様とは犬猿の仲なの。だから、安心して」


 犬猿の仲だと聞くだけで安心出来ないと思うのは普通だろう。だけど、女性には有無を言わせない何かを感じた。

 それに、妖艶に微笑む女性に違和感を覚える。


 立ち姿は勿論、一つ一つの仕草も全てが鮮麗されている。遠目からでも思ったが、艶やかな顔立ちとスタイルの良さから、とても海賊や商人には見えない。

 どちらかと言うと、華やかな社交の場が良く似合う。

 女性に従っている二人の男も、ならず者の雰囲気は感じられない。さらに、後ろから見守っている、女性達の仲間だと思われる船乗り達も統率が取れているように見えた。


 ……もしかして、この人達。


 思い当たったソレに興味が沸いてくる。でも、まだそれが真実なのか決め手がなくて、どうしようか迷ってしまう。


(エリカ……。余計なことに首を突っ込まないように。それに、足の怪我酷くなっていますよ。何より、あなたの力をこんな大勢の前で晒す必要もありません)


 私が今から何を企んでいるのか、カーヤはわかっているみたいだ。

 大丈夫よ。それに、本当に人さらいだった場合大変よ。パウルもあんなに怖がっているもの。どうやって片づけようかしら? ここは人の目が多すぎるものね。


(だから、エリカは逃げるだけで良いのですよ)


 何度でも「逃げろ」と警告するカーヤの言葉を私は聞く気はさらさらない。

 でも、ここで目立つと陛下に迷惑がかかりそうよね。さすがに問題になりそうだわ。


(エリカ、やる気なんですか? この後の生活に困りますよ。ミモザ様にもきつく言われていましたよね? 危険には近寄らないようにと。それに、あなたが動く必要ないですよ) 


 カーヤがお姉様の名前まで持ちだして、またしてもお説教を始めた。

 それにうんざりしていると、女性が不思議そうに私を見る。



「それにしても、綺麗なお嬢さんは動揺一つしないのね。普通なら、泣いたり、逃げようとするわよ」

「逃げられないでしょう? パウルが人質に取られているのに。それに、後ろのお仲間も人数が多いもの。……いつも、こんなことをしているの? この港で人さらいを?」


 いつの間にか、私の周りも囲まれているようだ。

 カーヤが周囲に目を光らせる。

 何かされてもすぐに対処出来るだろう。だけど、問題は、足を動かそうとすると痛くて痛くて堪らないことだろうか。


 ……失敗したわ。すぐに治癒するべきだった。


「そこまでわかっているのなら、行きましょうか?」


 ふっくらとした魅力的な唇に手をあて、軽やかに笑う。その姿を見ていると、ここが夜会か舞踏会だと錯覚してしまうほど美しかった。


 貴族の出身かしら? しばらく話しでもして調べましょう。それに、なぜ、最初に私を見た時に、驚いたような表情をしたのかも気になるもの。

 陛下の噂を調べに来たのに、変なことに巻き込まれたわね。平和に見えて、この国は裏で何かあるのかしら。


「本当に変わっているお嬢さんね。それとも、この状況がわからないほど頭が弱いのかしら? 名家のお嬢様方の興味はドレスや宝石で世間には疎いものね。あなたのお名前を聞きたいわ」


 丁寧に聞いてはくるが、とても癪に触る。微笑みながら毒を入れる話し方は陛下を思い出す。本心を絶対に見せない、あの男を。


(エリカ、逃げましょう。パウルは見捨てて行きましょう。あなたの安全が最優先です)


 揉め事を回避したいカーヤがとんでもないことを言い始めた。


「嫌よ。それは絶対にしないわ」


 声に出してカーヤに伝えると、女性も、周りの男達も怪訝な顔を見せる。


「あなた大丈夫? 恐怖から頭が可笑しくなったの? 見た目は綺麗なのに状況がよめないなんて残念ね。行きましょうか」


 そう言うと、女性の隣にいた細身の男性が私の腕を掴んだ。

 その力が思ったよりも強くて、思わず顔を歪める。


「ちょっと、傷つけないで」


 パウルを見ると、もう一人の男に必死で抵抗し続けていた。


「あの子を離してくれないかしら?」

「あなたが船に乗ったら解放するわよ。私も、あのこの父親、変人を相手にしたくないもの」


 女性の言う「変人」の意味がわからなかったが、女性に促され、足を引きずりながら歩き出した。

 一歩歩くごとに、周りにいる男達の視線が全身に纏わりつき不快感が増す。


「――そこまでにして貰おうか? 遊びすぎだと思うよ」


 いきなり聞こえてきた男の声に背筋が震えた。

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