第2話 カーヤと毒
「エリカ。相変わらず無茶をしますね。待っていて下さい。解毒剤の用意をしますから」
誰もいなくなった室内に、落ち着いた声色が響いた。
それは、今まで頭に直接響いていた声で、私と二人になったことを確認すると、普通に話し出す。
そろりと頭から下りて来たのは、髪飾りだと偽っていた蜘蛛。慣れたように、私の長い髪を伝い手の甲へと移動した。
全体的に黒いその蜘蛛は、腹部の部分に三つの赤い斑点が見える。八本の足は、虫に縁がない貴族の令嬢達が見れば、悲鳴を上げるほど気味が悪いと言える。
「カーヤ……。持って来た荷物の中に丸薬があるわ。その中に麻痺を治す薬もあるから持って来て」
蜘蛛の名前を呼ぶと、手の甲にのっていたカーヤが頷き移動を始めた。
白い細かな糸を吐き出し壁へと放つと、それを伝い移動して行く。
「待っていて下さい。動かないように」
耳に届いた声に頷き、静かに目を閉じた。
大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐きだす。それを何度も繰り返し、自分に落ち着くようにと言い聞かす。
「エリカ、持って来ましたよ。飲めますか? これを飲めば朝までには治るでしょう。ただ、今の私では寝台まで運べません。ここで朝まで過ごすことになります……」
カーヤが葉に包まれている丸薬を、器用に糸で操り口元へと運んでくれた。
「……問題ないわ。ありがとう、カーヤ」
弱々しく頷くと、口へと入れた丸薬を噛み砕く。
水が欲しい所だが、もうすでに動くのも億劫で、このまま溶けるのを待つ。口に広がる苦さと、独特の青臭い葉の渋味に眉を寄せた。
自分で作って、昔から丸薬の味は知っているのに未だに慣れない。
……相変わらずまずいわね、この丸薬。次にシラーへ戻る時までには、甘い丸薬を完成させないと。
「解毒剤を言われた通りに持ち込んでおいて良かったですね。さすがはミモザ様です」
また、私の傍まで戻って来たカーヤが目と鼻の先で様子を伺っている。
カーヤが言う「ミモザ様」とは、私の一番上の姉で、シラーの次期、女王。未来が見えるとされる「先詠み」の力を持っている。
その姉は、私がハイブリーへと旅立つ時、複数の丸薬を持って行くようにと指示を出した。こうなることが見えていたのだろう。
「ミモザ姉様、毒を盛られるのが見えていたなら教えてくれたら良かったのに」
「それは無理でしょう。ミモザ様の力はシラーを守るためのものです。他国へと嫁いだ妹姫達の未来は口外出来ない決まりです。それが、どんなに過酷な未来だとしても」
カーヤが言う通り、先詠みの力は、シラーを守るためだけに使われる。
そして、六人姉妹の三番目である私にも別の力が備わっていた。
シラーは、天より使わされた一族と他国からは囁かれている。不思議な力と治癒を合わせ持ち、それを使い人々を幸福へと導く、と。
シラーの王族は、代々、宝石を用いて治癒を行う。
六人姉妹の中で、丸薬を主に扱っているのは、私と四女の妹のみ。他の姉妹は、主に宝石と力を共鳴させ治癒を行うため丸薬を基本使わない。
私の場合は、宝石と相性が悪いせいか時間がかかり効率が悪い。そのため、日頃から時間のある時に精製した丸薬を常備している。
何かあった時にすぐに使えるように。
「……おやすみなさい。カーヤ」
薬が効いてきたのか瞼が落ちてくる。
傍で心配そうに、私を伺っているカーヤにそう言うと、目を閉じ意識を手放した。
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