第二話 運命の出会い(6)

 授業が始まってから一週間――休息日の前日。

 昼食をすませ、昼休みが終わると、実技の授業に出るレイとエラと別れ、ソラは外に出た。

 カームに最初に教わった場所から雑木林に入ると、開けた場所に出た。

 中央には小さな噴水があり、ソラは円形の縁に腰を下ろすと、スタンドを置き、ロウソクを立てた。

 マッチに火を点け、ロウソクに火を灯す。

「今日こそは触れてみせる!」

 火のエレメントを使い、熱を遮断できれば、火に触れることも可能となる。

 正確には、肌と火との間にはわずかな隙間――つまりは遮断するための層があるのだが。

 少し離れて見れば、火に触れているように見えるのだ。

 火の上に右手をかざし、少しずつ下げる。

 手のひらに感じる熱が強くなっていく。

 限界直前で手を止め、さらに集中力を高める。

(ここからだ)

 熱を遮断するイメージ。

 ソラがイメージする遮断は、風のエレメントを使って手のひらに薄い空気の層をつくること。

 その層が熱を逃がす。

 だが、それをイメージすると手の甲から緑のオーラが発生する。

(駄目だ)

 これでは、単に風のエレメントを励起させているだけ。

 あくまで使うのは火のエレメントなのだ。

 手の甲から発生するオーラは、火を表す赤でなければ。

 手のひらに熱を感じなくなると、ソラは意識を戻した。

(新しいのに変えなきゃ)

 気がつけば、一本目が終わっていた。

 これで合計にして何十本目だろうか。

 集中して、気がつけば燃え尽きている。

 なのに、まったく進展が見られない。

(これじゃあ、カームさんに――)

「経過はどう?」

 その声に、心臓が高鳴った。

 辺りを見渡すと、カームが雑木林から姿を現してきた。

「少しは上達した?」

「あ、いえ、その……」

 正直に言うことが憚れ、言葉を濁してしまう。

 その態度を不審に思ったのか、ロウソクのスタンドを挟んで、向こう側にカームが腰を下ろす。

「やって見せて」

 有無言わさない冷たい口調に、ソラは何とか誤魔化そうとする。

「あ、でも、ロウソクがもう」

 駄目元でそう言うと、目の前に火が現れた。

「はい」

 カームが右腕を伸ばし、人差し指を立てる。

 その指からは、火が生まれていた。

 その火はどこか、カームの心境を現すかのように小さいながらも激しく燃え、揺れていた。

「わ、分かりました」

 意気込んで見せるも、差し出す手はおそるおそると言った様子のソラ。

 そして――

 結果、まったく進展を見せなかったソラに、カームは激昂した。


            ※


「キミ、この一週間何してたの!」

 思わず立ち上がり、眼下で驚いた表情をする少年に向かってカームは叫んだ。

 だが、言わずにはいられなかった。

 気持ちが爆発し、止められない。

「キミは、私を馬鹿にしてるの?」

「そ、そんなこと……」

 違うと言いたげに、少年が顔を上げる。

「だったら、なんでこんな基本中の基本すらできないの。キミは天才なんでしょ? その歳で三つもマスターして、さぞかしイイ気分でしょうね。他の子たちが、どれだけ苦労して練習しても辿り着けない領域に、キミはその歳ですでに踏み込んでる。それなのにどうして、火のエレメントを習得できないのよ! 私への当てつけ?」

「カ、カーマインさん……」

 少年が動揺し、萎縮する。

「キミには分からない……」

 顔を伏せる。純粋な少年の目を見ていられなかった。

 痛いほどに握りしめた手が、赤くなり、次第に白くなっていく。

 食いしばる歯の隙間から、獣のような息が吹き抜ける。

「キミには、凡人の気持ちなんて分からない。私の気持ちなんて……」

「そんなこと――」

 そんなことない? そんな言葉をかけられることが嫌で、カームはついカッとなり、見せてしまった。

 左袖を強引にめくり、露わになった前腕を見せつける。

「――っ!」

 少年が驚き、そして視線を彷徨わせる。

「キミには、絶対に分からない」

 怒気を孕んだ声音が静かに漏れる。

「カーマインさん……」

 傍目で、少年が顔を伏せる。

 まるで、自分が悪いことをしたかのように。

 途端に頭が冷えた。

 そんなはずはないのに。

 カーム自身、分かっているはずなのに。

 責めても仕方がない。

 間違っているのは自分。

 とても、嫌な女だ。

 カームは踵を返し、少年に背中を向けた。

「私には、キミに教えることはできない」

 言いたいことだけ言って、歩き出す。

「カーマインさん」

 名前を呼ばれるも、カームは足を止めない。

「ボク、絶対にやり遂げてみせます!」

「――っ!」

 この子は――どうしてこんなにもまっすぐなのだろうか。

 あんなにも酷いことを言われたのに。

 愛想を尽かされても、言い訳でないのに。

「だから!」

 それ以上は聞いてはいけない。

 カームは早足で雑木林に入り、そのままイリダータの校舎へと走って行った。

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