第二話 運命の出会い(4)
夕食をとるために食堂に向かうと、すでにレイとエラが向かい合って座っていた。
ソラに気づいたレイが手を挙げ、それに気づいたエラが振り向く。
「お疲れ、ソラ。遅かったな」
「お疲れ、レイ。ちょっと買い物に行ってて。エラもお疲れさま」
エラは咀嚼中だったのか、視線で「お疲れ」と告げてくる。
夕食を載せたトレイをテーブルに置き、レイの横に腰を下ろしたソラは、両手を合わせて「いただきます」をした。
「そういや、ソラは誰とパートナーになったんだ?」
すでに食事を終えていたレイが、食後のコーヒーを飲みながら訊ねてきた。
「ボク? ボクは、カーマイン・ロードナイトさん」
「ロードナイト……って、あのロードナイトか!」
驚いたようにレイが声を上げる。
そんなに有名な人なのだろうか。
「そんなにすごい人なの?」
一般常識や世間の知識がまったくと言っていいほどにないソラは、首を傾げることしかできなかった。
「ああ。闇の大戦を終結させた四英雄――その一人が火使いのルカ・ロードナイト。カーマイン・ロードナイトは、その英雄の養子なんだよ」
「養子?」
「ああ、噂は色々だぜ。
「そんなすごい人だったんだぁ」
感心の声を上げると、ようやく呑み込み終えたエラが、フォークを空の皿に置いた。
「すごい人、で収まる器じゃないわよ。イリダータは創設からまだ十年だけど。その十年の中で、間違いなく一番のエレメンタラーよ」
エラが熱く語りだす。
「まず、入学の時点ですでに火のエレメントに関しては【パイロマスター】級。同年のエレメンタル・トーナメントでは、火の部門で上級生全員を倒し、【ガーネット】を獲得。【ガーネット】に関しては、二年、三年でも優勝――前人未踏の三連覇を達成。ちなみに、今年も優勝候補で、四連続【ガーネット】獲得で殿堂入りは間違いなしと言われているわ」
さらに! とエラが前のめりになり、ソラとレイは同時に体を引いた。
「噂通り、今もっとも
「は、はい!」
急に名前を呼ばれ、声音が上がってしまった。
「あの方に教えてもらうこと、誇りに思いなさい」
「う……うん」
「それにしても羨ましいわぁ」
エラがテーブルに顔を伏せる。
本気で羨ましがっているのが、沈む声音と態度で分かる。
「エラは、カーマインさんが好きなの?」
「うーん、というより、私は強い女性が好きなのよ」
エラが顔を上げる。
「四英雄だって、火使い
(え?)
突然のミュールの名に、ソラは口に入れようとしたスプーンを止めてしまった。
「さらに私の出身国である風の国の英雄――風使い【
(え? えぇ?)
続けてまた聞き覚えのある名前がエラから発せられる。
「そして、最後は地使い【
(え? え? え? 何で、三人の名前が?)
「どうした、ソラ。手が止まってるぞ」
レイに呼ばれて、意識を取り戻したかのような感覚に、ソラは何でもないと笑って見せ、スプーンを口に含んだ。
ひと口めの味は、まったく分からなかった。
「私もいつか、四英雄に肩を並べる女になるわ」
宣言するエラに、ソラはさっき彼女自身が言っていた、カームに対する誹謗中傷を咄嗟に思い出してしまったが、口には決して出さなかった。
「夢見てんじゃねぇよ」
だが、息をするかのようにエラをからかう気質のあるレイは、それを言葉にし、
「あぁ?」
とエラのまるで鬼のような形相で睨まれたのだった。
エラと別れ、レイと一緒に寮室に戻ったソラは、先にシャワーを浴びて交代すると、さっそく買い物袋の中身を机の上に広げてみた。
それはロウソクだった。
セットで販売されていたものを、あるだけ買ってきたのだ。
雑貨屋の店主には、一体何に使うのかと訊かれたりもしたが……。
一緒に買ったスタンドを机に置き、その上にロウソクを立てる。
これまた一緒に買ったマッチに火を点けると、その火をロウソクの芯に移し、火を灯す。
小さく安定した火が生まれた。
ロウが少しずつ溶けていく。
ソラは早速、右手を近づけた。
熱いと感じるところまで近づけ、止める。
そして、意識を手のひらに集中させる。
そうしながら、どうやって遮断するのか色々な方法を試す。
傍目にはただじっとしているようにしか見えないが、試行錯誤はしているのだ。
ソラなりに考え、エレメントを感化させる。
だが、ソラの手のひらは熱を感じたまま。
「なにやってんだ? 寒いのか?」
気がつけばレイがシャワーを終え、部屋に戻ってきていた。
見れば、ロウソクも半分近く燃え尽きたところだった。
一本で三十分だから、十五分は集中していたことになる。
「そうじゃなくて、火のエレメントを習得するための練習」
「へぇ。それにしても、よくやるよなぁ」
ソラのベッドに座り、タオルで髪を拭くレイ。
「時間は限られてるから。やれるときに少しでもやらないと。後悔、したくないから」
アビーのことを思い出してしまい、言葉が湿る。
「それに……火のエレメントを使えるようにならないと、カーマインさんの……」
「カーマイン先輩の――?」
「あっ、いや、何でもないよ」
「ふむ……」
レイはしばらく何も言わず、おもむろに立ち上がると、寝る支度をしてから上のベッドにのぼっていった
「まあ、頑張りすぎない程度に頑張れ」
「うん。あとちょっとだけ」
「燃え尽きたら寝ろよ。お休み」
「お休み」
静かになった部屋で、ソラは残りの火で練習を続けた。
だけど、火はすぐに消え、ソラは不完全燃焼な気分になり、そっとレイの様子を窺いながら、もう一本ロウソクを使って練習した。
結局、眠るまでにさらにもう一本使ってしまったのだった。
翌日。
午前中の座学に出席したソラは、レイとエラに挟まれる形で長机に座っていた。
初めて会ったときの席位置。それが、いつの間にか定位置になっていたようだ。
「ソラ、昨日ちゃんと寝た?」
エラが顔を覗き込んでくる。
まだ授業まで時間があるため、各々の会話で教室が満たされている。
「え?」
「まぶたが下がってる。すごく眠そうよ」
「うん、ちょっとね」
笑って誤魔化そうとしたが、
「ソラ、結局三本分も練習してるんだもんな。呆れたよ」
大げさにやれやれと肩をすくめるレイ。
「練習? どういうこと?」
気がつけば三人でいることが多くなっていたが、男女で行動が別れることがある以上、どうしてもエラが二人から外れてしまうため、その間に起きたことを、エラはよく気にするのだ。
「カーマインさんからの課題で、火のエレメントを習得するための基本中の基本を練習してるんだ」
「ふぅ~ん、そうなんだ。確かに、火のエレメントは扱いが難しい、って言うしね」
「俺は水使いだから、どうにも火のエレメントに苦手意識があるんだよなぁ」
「私も、火は少し苦手。ちょっと怖いイメージがあるから」
「ボクも最初はそう思ってたけど、カーマインさんの炎を見てると、すごく綺麗だって思った。激しく荒々しい炎じゃなくて、すごく静かで洗練された――そんな炎……」
「そんなに凄いのか。さすがだなぁ。そう言われると、俺も見てみたい気が」
「見られるじゃない」
エラの言葉に、頭の後ろで手を組んで背もたれに背中を預けてぶらぶらさせていたレイの動きが止まる。
「来月から行われるエレメンタル・トーナメントよ」
「そうだった」
「エレメンタル・トーナメントって?」
納得するレイに、ソラはすかさず訊ねた。
そういえば、昨日もそんな言葉を聞いたような気がする。
「相変わらず世間知らずだな」
レイがわざとらしく嘆息する一方で、エラが解説してくれた。
「エレメンタル・トーナメントっていうのはね、イリダータ・アカデミー主催の大会で、エレメンタラー同士で対戦するのよ。エレメントごとに四つの部門に分かれていて、火の部門は【ガーネット】、水の部門は【アクアマリン】、風の部門は【ペリドット】、地の部門は【トパーズ】――っていう風にそれぞれ名前があって、同時に優勝者へ与えられる称号となるわけ」
昨日の夕食時に言っていた、カーマインが三連覇しているという【ガーネット】がこのことなのか、とソラは納得した。
「これはアカデミーが主催しているから、参加者は学生のみ。いわゆるエレメント別に、今年度の学年一を決める大会ってわけ。しかも対戦だから、それ相応のエレメントに対する慣れは必須ね」
「へぇ~」
「ちなみに、四年に一度、アルカンシェル杯っていうのがあって、これは参加者資格不問で、すべてのエレメントで行われる大陸規模の大会なの。終戦から二年後に第一回が行われて、それから四年ごとに開催。今年は十三年目だから、次のアルカンシェル杯は三年後——私たちが四年生のときね。これは四大国が出資してるから、アルカンシェル杯で優勝すれば、すべてのエレメンタラーの頂点になるわけ。その証は、アルカンシェルという称号。そして、自分の服の好きなところに、四大と闇を表す五色のラインを入れることが許されているの」
エラは説明好きなようで、積極的にソラの質問に答えてくれた。
「ちなみにラインの順番は、青、赤、黒、黄、緑の順で、真ん中に黒――つまり闇を入れることで、平和の象徴としているようよ」
レイなどは気づけば机に突っ伏していたりしていたが、ソラにとってはどれも初めて知ることばかりだったので、気がつけば聞き入り、そこからさらに深く質問していった。エラもそれが嬉しいのか、嬉々として答えてくれた。
そうこうしているうちに予鈴がなり、午前の授業が始まった。
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