第二話 運命の出会い(2)

 朝食を終えて教室に入った三人は、教員にホールへ集まるよう指示された。

 ホールにはすでに一年生が集まっており、それよりも気になったのは他の学年の生徒と、そして学長であるミュールがいることだった。

 レイやエラと、何が行われるのだろうかと話していたが、結論が出るはずもなく、最後には黙って横長に四つの列をつくって待った。

 対面には上級生が並んでおり、その間に挟まれるようにしてミュールが静かに佇んでいる。

 やがて始業の鐘が鳴り、その余韻が消えると、ミュールが一歩前に出た。

「時間ね。今日ここに集まってもらったのは他でもないわ」

 ホールにミュールの声が響く。

「一年生は疑問に思っているようなので、まず最初に。ここに集まってもらったのは、あなたたち一年生と、そしてこっちにいるのは四年生よ」

 一年生の間でざわめく声。

 対して四年生は毅然としていた。

「さて、今日から一年間、一年生と四年生は二人一組のパートナーとなり、四年生から自国とは別のエレメントを学んでもらいます。一年間と言いましたが、それは最終的な期限であって、例えば一ヶ月でアカデミーが設けた試験に合格すれば、その時点で終了となります。これは三年前から始めた制度であり、現四年生が一年生の時に初めて経験したことになります。なので四年生は初心を思い出し、一年生を導いてあげてください」

 一年生の間でさらにざわめきが起きる。

「実は、昨日の実演は、四年生との相性を確認するために披露してもらいました。無作為にパートナーを選んで同じエレメント同士が一緒になってしまってもいけませんからね」

 微笑むミュールに、そういうことだったのか、とソラは思った。

 同時に、期待が胸に溢れる。

 思わず四年生の顔ぶれから、彼女がいないか探してしまう。

「では、今から一年生と四年生の名前をそれぞれ読み上げます。呼ばれた者は前へ。お互いに自己紹介が済んだら、一年生は四年生に従って行動してください。ではまず――」

 ミュールが手に持っていた紙に視線を落とし、名前を読み上げていく。

 一人、また一人減っていく。

「一年――エラ・グリーン」

「は、はい」

「四年――フィリス・アークエット」

「はい」

 緊張した顔つきで前に出るエラ。

 次いで、パートナーとなる四年生が歩み出る。

 ミュールの前で対面するエラとフィリスのループタイは青――つまり水使いだ。

「よろしくね」

 そう言ってフィリスが微笑み、手を差し出す。

「い、いえ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 エラが顔を赤くしながら慌てた様子で手を差し出し、フィリスと握手をする。

 その手を、フィリスがもう片方の手で包みこんだ。

「――っ!」

「私が必ずあなたを一番最初に合格させてあげるわ。だから、私を信じてついてきなさい」

「は、はい! よろしくお願いします。フィリス先輩」

 フィリスがエラを連れてホールを出て行く。

 ちなみに、次に呼ばれたレイは、がたいの大きな男子上級生に連れ去られるようにして消えていった。

 助けを求められていたような気もしたが、それは気のせいということにして、ソラは自分の名前が呼ばれる番を待った。

 そして、最後に一年と四年の一人ずつが残った。

 ひとりぽつんと残ったソラと相対するのは、赤毛のストレートロングヘアーの彼女だった。

「一年――ソラ」

「はい」

「四年――カーマイン・ロードナイト」

「はい」

 初めて聞く声、そして名前。

 凜とした鋭い声音。

 たったひと言の返事なのに、彼女の為人まで分かってしまうような、耳に残る声だった。

 お互いに前に出て、近くまで歩み寄る。

 間近でみる彼女は、四年生で年の差もあるが、背が高く、格好良かった。

 女性を見上げることには慣れているため、苦でもなければ劣等感もない。

 ただただ、綺麗な人だった。

「ソラ――あなたは実演で、水、風、地のエレメントにおいて、一年生どころか四年生の標準以上の実力を発揮。その実力はすでにマスタークラス。はっきり言って、水、風、地に関してアカデミーで学ぶべきことはないわ。だけど、火のエレメントだけはまったく扱えない。そうね? ソラ」

「は、はい」

 学長としてのミュールに、ソラも態度を生徒のそれにする。

「よって、あなたには一年生の通常のカリキュラムとは別のものを用意します」

「えっ?」

 その言葉に、ソラは思わず声を上げてしまった。

 正面を見れば、カームもまた眉を寄せている。

「午前の座学は通常通り受けるように。おそらく一般常識が抜けているでしょうから」

 ひどい言われようであるが、ソラ自身まったく否定できないのだ。

 ソラの常識とは、つまり楓とアビーの二人から――いや、ほとんどが楓から学んだことだ。

 そして、その常識が、ここアルコイリスを含めた世界の常識からずれていることが、ミュールの家で一泊した際の話し合いで分かった。

「そして午後からは、一年生の基本実技ではなく、カーマイン・ロードナイトからの師事による、火のエレメントの習得に専念してもらいます」

「学長、よろしいですか?」

 カームが片手を上げ、発言を求める。

 ミュールは無言で頷くと、視線で促した。

「私には、私の目標があります。卒業までの残り一年ですが、この時間を無駄にしたくはありません。正直、午後からの時間をすべてこの子に費やしてしまっては、私の時間がなくなってしまいます。他のペアと同じように、放課後だけにできませんか?」

「カーマイン――あなたの目標は重々承知しています。だからこそなのです」

 ミュールの言葉に、カームが明らかに眉を寄せる。

「それはどういう――」

「私は、運命というものを信じています。それは状況であり、立場であり、出会いである。あなたたち二人のこの状況、立場、そして出会い。この出会いは必ず、二人に――いえ、周りの者たちにも幸いをもたらすでしょう」

「ミュール……」

 思わず、名前を呼んでしまう。

 もし自分の育ての親が、楓、アビー、そしてミュールでなければ、今の自分はいない。

 誰か一人でも欠けてはいけない。

 欠けてほしくない。

 それを運命と呼ぶのなら、ソラもそれを信じる。

 三人とも、大好きだから。

「カーマイン……教えると言うのは、同時に学ぶと言うことなのです」

 カームの視線がミュールからソラに向けられる。

 一体何を学べというのか、と言いたげな視線。

「午後の時間に関しては二人に任せます。よく話し合うように」

「はい」

「……はい」

 カームは納得していないようだった。

 それでも、ミュールに押し切られる形で無理やり納得させているようだった。

「カーマイン・ロードナイト」

「は、はい」

 不意打ちのようにフルネームを呼ばれたカームが、慌てた様子で顔を上げる。

「あなたはイリダータ・アカデミーの誇りです。創設から十年、これまでで間違いなく一番の逸材です。そして私は、あなたこそがあなたの目標である【虹使い】に相応しいと思っています」

 その言葉に、カームが目を見開いた。

「本当……ですか?」

「ええ」

 胸に手を当て、顔を伏せるミュール。

「【虹使い】は夢物語ではありません。だけど、それは一人では成し得ない。見つけなさい……あなたにとっての、アルカンシェルを――」

 どういう意味なのだろうか?

 首を傾げるソラに、カームもまた理解しきれていないのか眉を寄せている。

 そんな二人に構わず、言いたいことは言ったと言いたげなにカームへ微笑みを向け、それからミュールは去って行った。

「あっ、ひとつ言い忘れてたわ」

 ホールの出入口のところで踵を返したミュールは、まるで子どものような悪戯な笑みを浮かべ、

「ソラが火のエレメントを習得できなかった場合――『留年』ですから、くれぐれもアカデミーの名を汚さないよう、お願いしますね」

「なっ!」

 言いたいことだけ言いホールを去るミュールの背中に、届かぬと分かっていても手を伸ばすカーム。

 その手が空を切り、ゆっくりと落ちる。

 残されたソラは、カームの様子を窺うことしかできなかった。

 やおら、カームがゆっくり深く息を吸い、その倍の時間をかけて息を吐いた。

「とりあえず……外に出ましょう。話はそれから……」

「は、はい」

 ホールを出るカームの背中を、ソラはとりあえず付いていくことにした。

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