第一話 広がる世界(7)

「以上で今日の日程を終わります。お疲れさまでした」

 今日の日程が終わり、生徒たちが解散していく。

 ソラは昨日、寮へ行けなかったため、今日が同室の生徒との初対面となる。

「行くぞ、ソラ」

「え?」

 レイに呼ばれ、思わず首を傾げるソラ。

「え? じゃない。俺もいま思い出したけど、昨日、俺と相部屋になる相棒が姿を見せなかったんだよ。そいつの名前は、ソラ。つまりお前だ」

「寮部屋も同じだったんだね。嬉しいなぁ」

「俺もだ。初日に姿を見せないなんてどんな奴かと思っていたけど、まぁ確かに普通じゃなかったな」

「それってどういう意味?」

 近づいて問い詰めると、レイはくるりと踵を返し、そそくさと歩いて行った。

「さぁ? どういう意味だろうな」

「待ってよ、レイ」

 レイに男子寮へと案内されるソラ。

 男子寮と女子寮は、完全に別の建物で分けられている。

 寮は四階建てで、最上階である四階が一年生、三階が二年生、二階が三年生、そして一階が四年生となっている。

 普通、年生が上がるほど上の階なのではと思ったが、案内されて分かった。

 四階まで階段でのぼらなければならないのだ。

 これを毎日のぼりおりしなければならないのかと思うとぞっとする、とレイが呟いていた。

 だが、ソラにとってはいい運動になると思った。

 楓からも、運動は欠かさず行うよう言われている。

 ちなみに女子寮にも行くこともできるが、訪ねる際には一階入口正面の管理室で訪問手続きと訪ねる相手の許可がいるらしい。

 逆も然りで、女子も男子寮に入る際には許可がいる。

 部屋の前まで案内されたソラがドアを開ける。

 部屋には二段ベッドと学習用の机が二台。部屋の奥には窓があり、あとはトイレと洗面台に通じるドア、それにクローゼット。

 想像していたよりも広い。

「想像してたよりも狭いよなぁ」

 どうやらレイには狭いらしい。

 ソラ自身、楓とアビーの三人暮らしをしていたため、こういった部屋の感覚には慣れていない。

「ソラ、そっちの机でいいか?」

「昨日来られなかった僕が悪いから、いいよ」

 空いている方の机に荷物を置く。

 背中が軽くなり、ようやく落ち着けた感じがした。

(本当に、今日からここで生活するんだなぁ)

 感慨に浸っていると、「ソラ」と呼ばれ、横を向いた。

 すると、レイが手を差し伸べていた。

「改めてよろしくな。ソラとなら、四年間、楽しく過ごせそうだ」

「うん。ボクも、レイとなら仲良くやっていけそうな気がする」

「そうか。そう言ってくれると嬉しいぜ。俺、よくうるさいとか、気が利かないとか言われてたから。気に障るようなことがあったら遠慮なく言ってくれ。直せたら直す」

 人懐っこい笑みを浮かべるレイ。

 ソラは、それが嬉しくて、握手に応じた。

「ボク、今まで男の人と暮らしたことがなかったんだ。育ての親は三人もいたけど、三人とも母親だった。アルコイリスに来て、人の多さに驚いた。イリダータに来て、レイが声をかけてくれた。だから、レイがよければ、友達になってほしい」

「俺がお前の初めての友達か。それも悪くない。いや、めっちゃ嬉しいぜ」

 握手した手を上下にぶんぶんと振るレイ。

 彼とは、本当に生涯を通して無二の友となれればいいな、とソラは思った。

 今日出会ったばかりなのに、もう何年も一緒にいるみたいに感じられる。

「ちなみに、あいつにもそれ、言ってやってくれ」

「あいつ?」

「エラだよ」

 さっきとは違う、どこか意地悪めいた笑みを浮かべるレイに、ソラは首を傾げた。

 ちなみに、夕食でエラと一緒な席になったソラは、レイに言われたとおりに友達になって宣言をすると、エラは顔を真っ赤にして握手に応じてくれた。

 人が多くて暑かったのだろうか?

 握った手も、どこか汗ばんでいるように感じた。


 夕食を終え、荷物の片づけ、浴室から出たソラは、レイと喋りながら夜を過ごし、お互い明日に備え、早めに寝ようということで同意し、灯りを消した。

 二段ベッドの上にレイ、下にソラ。

 上はレイが前日に使っていたため、そのままとなった。

 どちらにしろ、ソラは下の方が落ち着けた。

 楓とアビーと暮らしていた家では、床に布団を敷き、三人並んで寝ていた。

 だからなのか、床に近い方が安心できるのだ。

 レイも二段ベッドが初めてで、上を希望していたため、両者言い争うことなく希望が通った。

「いよいよ明日からかぁ」

 暗闇の静寂。

 窓から差し込む月の明かりが、室内を照らしている。

 その中に、レイの静かな声が響く。

「俺、ちょっと不安だった」

 レイがまるで独り言のように呟く。

 だから、ソラは耳を傾けるだけで、口は開かなかった。

「ちょうど俺たちが生まれた直後に大戦が終わって、大勢のエレメンタラーが死んだ」

 十五年前に大戦が終結し、同盟していた四大国はそのまま和平を結び、大陸に平和が訪れた。

 だが、その陰で数え切れないほどのエレメンタラーが命を落とした。

「俺の父親は、母親を国に残して、戦地に赴いていった。母親もエレメンタラーだったけど、俺を身籠もっていて、戦役を免れた」

 四大国による同盟国と、闇の勢力による全面戦争。

 エレメンタラーであれば、男は勿論、女ですら駆り出され、終盤に至っては子どもでさえも訓練しながら待機する状態だった。それほどの戦争だったのだ。

 もし四英雄が集わなければ、と誰もが思っていただろう。

「だけど、父親は帰ってこなかった」

(――っ!)

 レイの口調は変わらなかった。

「母親は、女手ひとつで俺を育てながら、水のエレメントを教えてくれた。だけど俺は最初、学ぶことを拒んだ。エレメントが戦争の道具でしかないと思っていたから。誰かを傷つけ、殺す力。そんな力、俺は欲しくなかった」

 少しの沈黙、その間もソラは黙っていた。

「そんな俺を、母親は諭してくれた。母親が見せてくれた水使いとしての技。それは、水の膜を張って、相手のエレメントを防ぐ技だった。父親は、誰かを殺すためじゃなく、味方を守るために戦争に赴いた、って。だから俺は――」

 だから、レイは――

「守るための力を、ここで学びたい」

 それはソラにだけ向けられた、静かな決意。

「いいね」

 素直に、そう思った。

「馬鹿にされないかな?」

「されない……させない。ボクでよかったら、協力する。一緒に叶えよう、お互いの夢を」

 二段ベッドの天井を眺めていると、上のベッドの横から腕が下ろされてきた。

 その拳が下に突き出されているのを見て、ソラは思わず笑ってしまった。

「よろしくな、相棒」

「うん」

 そう返事をし、突き上げた拳をレイの拳に軽くぶつける。

(ああ、こういうの良いな)

 これまでは楓とアビーと過ごしていたため、男の親も友達もいなかった。

 初めての男友達。

 それがレイで本当によかったと、ソラは思った。


「そういえば、お前の夢って……」

 今までよりも近い天井を見つめながら呟くレイは、ソラからの返事がないため、下のベッドを覗いた。

 そこには、見た目相応の幼い寝顔を見せるソラがいた。

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