第一話 広がる世界(6)
(アビー、見ててね)
地使いであるアビーから教わった地のエレメント。
その実力を、ここで証明する。
「ハァッ!」
エレメントを手のひらから地面に送り、地を制御下に置く。
火、水、風、地――四大と呼ばれるエレメントの中でも、最も扱いやすいのは水と地だ。
これは、操る対象そのものが目に見える形で自然に存在していることが大きな要因となっている。
次に風だが、風は目に見えない分、水と地よりも扱いが難しい。
そして最も難しいのは火。
これは、火が自然では発生せず、意図的に生み出さなければならないからだ。
だが、マスタークラス――つまり極めようとした場合、最も難しいのは水と地なのだ。
特に地は、海上に出ない限り、操れる要素が限りなくあると言ってもいい。
だが、その分、質量を伴い、また地質が異なれば、制御も困難となる。
いま自分が立つ地の性質を一瞬で感じ取り、その性質に応じた力を発揮しなければならない。
地の最高位は【
これは、地使いの能力を現す極致が、地割れを発生させることができるかどうか、だからだ。
地を割るということは、左右に地を移動させることになる。
それは、とんでもない質量を扱うこととなる。
水ならば、扱える質量に応じて水龍の数が決まるが、地の地割れは、そもそも割れるか割れないかの二択となる。
そして、現時点で地割れができるほどの地使いは一人いるかいないか。
それほどに地のエレメントは、制御が難しいのだ。
だから、ソラが声を発すると同時に、ソラの背後と人工池の間に約十メートル四方の土の壁が迫り上がったのを見て、教員や他の一年生たちが声を上げた。
(次、水っ!)
土の壁を維持しながらも、意識をその向こうにある人工池に向ける。
そして、土の壁を崩落させると、その向こうに七本の水柱が立っていた。
同時に、ソラから発生するオーラが青に変わる。
(最後に風っ!)
自分を中心に風が回り始める。
その風に乗るように、水柱が渦を巻き、次第にソラを覆い隠していく。
そして勢いが増すに連れ、ソラのオーラが青から緑へと変わり、やがて水と風とが混じり合って水の塵旋風と化すと、ソラは風のエレメントを止めた。
それと同時に、水が空に向かって飛び散り、晴天雨が降り注いだ。
「ふぅ」
ひと息ついて立ち上がったソラは、手についた土を払い退けた。
(よしっ! いつも通りにできた)
満足のいくできに顔を上げると、誰もが呆然としていた。
(あれ? 僕なにか変なことでも――)
妙な沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、一人の拍手だった。
ゆっくりと静かな拍手。
だが、ソラには、それがミュールからの拍手であったことが、何よりも嬉しかった。
自分に向かって見せてくれる微笑みに、思わず頬が緩んでしまう。
遅れて拍手が増えた。
レイとエラだ。
レイはまるで自分のことのように頭の上で手を鳴らし、エラは遠慮がちに、それでも流されてやっているのではなく、本当に称えてくれているのだと感じた。
ミュールが立ち上がり、宣言した。
「これにて全生徒の実演を終わります。みんな、お疲れさま」
ミュールが去り際、視線を向けてくれた。
「すげーな、ソラ!」
戻るなりレイの歓迎を受けたソラは、苦笑して見せた。
「あんなエレメント扱えるなんて」
「そんな、普通だよ」
「普通? おいおい、あんな大技見せといて、普通はないだろ。どんだけ謙虚なんだよ。ってか、四年生だって目じゃないだろ。教員だって目ぇ丸くしてたし。なにより――」
「うるさい」
まくし立てるレイの後頭部をエラが叩く。
「いってーな、何すんだよ」
「たいして痛くないでしょ。大げさすぎるのよ、あなたは」
「でも、お前だってすげーって感じただろ」
「ま、まぁ、ね……」
「だろ!」
「ま、まぁまぁ二人とも、教室に戻るみたいだから、行こう」
言い合いをする二人の背中を押しながら、校舎へと戻るソラ。
「なぁ、今度俺にもコツとか教えてくれよ」
押されながらレイが肩越しに振り返る。
「ボクでよければ」
「よっしゃあ!」
レイが拳を突き上げ、文字どおり飛び上がる。
「あっ……」
その反対側で、エラが何かを言おうとし、口を閉じる。ついでに足も止まる。
「エラ?」
顔を覗き込むと、エラは少し恥ずかしそうに顔を伏せ、そして背け、ふるふると肩を震わせた後、意を決したようにソラに向き直り、ようやく口を開いた。
「わ、私も、お、教えて、ほしい……できれば、で、いいから」
ソラは目を丸くし、それからあまりにおかしくて、破顔してしまった。
「うん、いいよ。ボクでよければ」
その言葉に、エラがほっとしたように表情を綻ばせた。
「素直じゃねぇなぁ」
「うるさい!」
両手を頭の後ろで組みながら歩くレイに、ソラの後ろから回り込んだエラが尻めがけて蹴りをかましていた。
「いってぇ!」
逃げるレイに、追いかけるエラ。
その背中を笑いながら見届けるソラは、ふと視線を感じて視線を上げた。
歩く先に見える校舎の上、あの場所に赤毛の彼女がいた。
正面から向き合うように立ち、勘違いでなければソラを見下ろしていた。
思わず立ち止まり、赤毛の彼女を見上げる。
二人の間に、視線と沈黙が交わされる。
やおら彼女が踵を返す。
遅れて赤毛のロングヘアーがふわりと舞い、背中に零れ落ちる。
そして、颯爽と去り、姿を消した。
ひとり取り残されたソラは、レイの呼ぶ声に、駆け足で校舎に向かった。
※
「どうやら、あなたの野望を妨げる一年生が現れたようね」
フィリスは少しだけ皮肉げな口調で呟いた。
だが、返事がなく、怪訝に思ったフィリスは、顔をカームの方へ向けた。
「あなた……」
驚きに目が見開かれる。
カーマイン・ロードナイト――自分が知る限り、この女ほど自信を溢れ、そして才能のあるエレメンタラーはいない。
実際、この女を脅かす存在などいないと思っていた。
悔しいが、フィリスですら肩を並べようとするので精いっぱいな存在。
そんな彼女が――震えていた。
一見すれば、まるで相手を睨み付けているような表情。
だけど、ずっと彼女を見続けてきたフィリスには分かる。
かすかに震え、顔色も悪い。
呼吸も浅く早い。
白く細い指が、真っ赤になるまで握りしめられている。
彼女をそんな状態にしてしまう存在ということなのだ、あの少年は――
水、風、地に関しては間違いなくマスタークラスだろう。
正式に試験を受ければ、水の【ハイドロマスター】、風の【エアロマスター】、そして地の【ジオマスター】も夢ではない。
学生でマスタークラスの実力を身につけるだけでも稀なのに、少年はそれどころか三つもマスタークラスの実力を入学の時点で身につけているのだ。
気がつけば口内が渇き、喉が鳴る。
フィリス自身、イリダータ・アカデミーで最高の水使いだと自負している。
彼女に危ないと言いつつも、その実、自分の地位さえも陥れられかねない存在。
(とんだ一年が現れたものね。一体、どこの誰があの子を育てたのかしら)
親の顔が見てみたい、とは言うが、実際にあの少年に関しては本当に見てみたいと思う。
エレメンタラーとしての才能は子に受け継がれる。
見るからに若い。
幼いと言ってもいい。
あの歳で、事実上すでに三つのエレメントをマスターしている。
(だけど……)
一つの疑念。それが心にわだかまりを残す。
それは、カーム自身も思っていることだろうと思ったが、この状態では怪しいか。
他の皆も、見せつけられたエレメントの凄まじさに気が回らないらしい。
フィリスの疑念、それは――
(あの少年、火のエレメントだけ使わなかった)
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