第一話 広がる世界(5)
実演が行われるのは、イリダータの広場だった。
イリダータの敷地のほとんどがエレメントを使う場となっており、人工池や草木のない砂場など、各エレメントが扱える環境となっている。
整列し、学長と教員を前に一人ひとり呼び出され、自分の出身国であるエレメントを披露していく。
ソラが同じ一年生の実演を見ていると、隣に立つレイが肩を叩いてきた。
顔を向けると、レイが校舎の方へ指を向ける。
「俺たち、見られてるよな?」
「本当だ」
窓という窓、屋上、それにあれはカフェテラスだろうか――とにかく全生徒かと思うくらいの人数がこっちを見ていた。
「私たち、いい見世物になってるわね」
レイの前に立つエラが、校舎の方を一瞥し、すぐに向き直る。
「なんでこんなに注目されてんだろうな?」
「敵情視察とか?」
レイの呟きに、ソラが答える。
「なんで同じアカデミーで敵認定されるんだよ」
「じゃあ、今年の一年生の粋の良さは、とか?」
「お前、何かズレてるよな」
笑い合うソラとレイ。
「はぁ……二人とも、知らないの?」
溜息、そしてエラがまた振り返る。
が、その表情は信じられないようなものを見る顔になっていた。
「え?」
「なにが?」
やれやれとエラが顔を手で覆い、再び溜息を吐く。
「これはね――」
「次、エラ・グリーン」
エラが説明してくれようとしたちょうどその時、教員が彼女の名を呼んだ。
いつの間にか順番が来てしまったらしい。
「とにかく、全力で自分の実力を見せるのよ」
小声で言うだけ言って、エラは「はいっ!」と返事をして行ってしまった。
「どういうことなんだろうな?」
「さあ……」
首を傾げて見せるソラに、レイが腕を組んでエラを見やる。
「さて、実力のほど見せてもらおうか」
「上からなんだね」
エラが所定の位置に立つ。
教員の合図が送られ、場が静まる。
エラは、集中するためか、まぶたを閉じ、右手を前方に出す。
そして手のひらを上に向ける。
しばらく待つと、エラの右手から微かな緑色のオーラが発生した。
エレメンタラーがエレメントを使用する際、エレメントが体内から溢れ出るため、それがオーラとなって可視化される。
扱えるエレメント量が大きいほど、オーラも大きくなり、それが一種の実力を示す指標となる。
エラのオーラは微弱だった。
産毛が立っているような感じ――目を凝らせばオーラが分かる、という程度だろう。
そして、エラの周囲に変化が生じる。
風が吹いたのだ。
一定の方向に吹く自然の風ではない。
その風は、エラを中心に回っていた。
その風が、エラの差し出す手のひらに集まっていく。
それは球状の風となり、密度を増していった。
気がつけばエラはまぶたを開け、制御に必死なのか、顔を強張らせていた。
「くっ、うぅ……」
やおらエラの全身から力が抜け、顔が弛緩すると同時に、手のひらに集まっていた風が霧散した。
それに伴い、オーラも消えていく。
エラは肩で息をしており、その場で何度か深呼吸した後、戻ってきた。
「お疲れ」
「お疲れさま」
「え、ええ」
エラはどこか落ち込んでいた。
その理由が、ソラには分かる。
「ちょっと気合いを入れすぎちゃったみたいだね」
「え?」
ソラの言葉に、エラが顔を上げる。
「大丈夫。エラの実力がこんなものじゃないって、後でみんな分かるよ」
「ソラ……あなた……」
「次、レイ・バーネット」
「はーい」
呼ばれたレイが前に進む。
そして、振り返ることなくソラとエラに向けて親指を立ててみせた。
「レイみたいな余裕があればいいのかもね」
「あれはいくらなんでも……」
今度はレイの番だ。
彼は人工池の前に立つと、右を前に出し、手のひらを下に向ける。
レイの両手から発生したオーラは青。大きさはエラと変わらない。
今度の変化は水面に生じた。
レイがかざす手の真下を中心に、水滴を落としたかのような波紋が発生する。
だが、それは中心から外側に広がるものではなく、外側から中心に向かっていた。
波紋が中心に集まる度に、水が重力に反して上へ上へと伸びていく。
先に丸みをおびた棘のような形でレイのかざす手のひらへと昇っていく。
やおら先端がレイの手にひらに触れると、そこからまるで事切れたように水の柱が水面へと落ち、水飛沫を立てて消えていった。
ふぅ、とひと息つくレイは、エラほど呼吸が乱れてはいなかった。
どうやら、レイは自分の実力を分かっているようで、必要以上のことをせず、いつも通りのようだった。
戻ってきたレイは、「あ~緊張したぁ」と言いながら笑っていた。
エラは頑張りすぎるきらいがあり、レイはそつなくこなす性格のようだ。
「次、最後にソラ」
「はい」
呼ばれ、返事をする。
「トリは任せたぞ」
「あなたのエレメント、見せてもらうわ」
二人からの声援を背中に、所定の位置まで歩く。
教員の視線に少し緊張するが、ミュールが見てくれているので心強い。
教員の向こうにはレイとエラが見てくれており、そのもっと向こうにはイリダータから多くの生徒が見ている。
その中に、ソラは彼女を見つけた。
遠くからでも分かる、あのオレンジ色の赤毛。
向かいに座る女性と共に、こっちを見ている。
(よしっ!)
ソラは、気合いを入れた。いつも通りにすればいい。
自分の実力を見て欲しい。
ミュールに、レイとエラ、そして赤毛の彼女に――
「行きます!」
ソラは片膝をつき、両手を地面に触れる直前まで近づけた。
次の瞬間に起きたことを、ミュール以外の誰もが驚愕した。
ソラから発生した黄色のオーラ――その大きさが尋常ではなかったのだ。
「嘘……でしょ」
エラが呆然と呟く。隣に立つレイは開いた口が塞がらなかった。
「あれって……」
※
「なっ――!」
フィリスがテーブルを叩いて立ち上がる。
カップが倒れ、中身が零れたことにも気づかない。
だが、カーム自身も平静を装いながらも内心では動揺していた。
「あ、あのオーラ……あの大きさって……」
口にすることすら躊躇われる。
カームは、遠くからでもはっきりと分かるほどのオーラを発する少年に対し、冷や汗が出るのを感じた。
(あの子、ただの一年生じゃない)
なぜなら、あのオーラは――
「……マスタークラスじゃない」
カームの心の内を代弁するかのように、フィリスが戦慄く唇で呟いた。
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