第一話 広がる世界(4)

 昼休みになり、カームはカフェテラスでサンドウィッチとコーヒーを注文した。

 カームが席に着いた直後に他の席も埋まっていき、すぐに満席となった。

 一年生のオリエンテーションのせいというのもあるが、それよりもメインは午後の実演だ。

 ここから見える場所で、一年生の実演が行われるのだ。

 学長も、あえて上級生に見える場所で実演させているのだろう。

 特に四年生へ向けて。

 サンドウィッチを食べ終え、ほどよく熱の抜けたコーヒーを飲む。

 自分が座っている席以外はすべて埋まっているのに、誰も自分と同じ席には座ろうとしない。

 座ったからといって何も言うつもりはない。

 それでも、誰も座ろうとしない。

「ここ、空いてるかしら?」

 だから、そんな自分と同じ席に座ることができるのは、ひとりだけ。

「見て分からないの?」

 横目で実演が行われる広場を見つめていたカームは、視線を正面に戻した。

「相変わらず口の減らない女ね」

 そこに立っていたのは、亜麻色のストレートロングヘアーをハーフアップにした、見慣れた四年生の女だった。

 フィリス・アークエット。

 カームと同じ四年生で、ループタイの石は青色。

 水の国出身の水使い。

 エレメンタラーとしての能力は四年生の中でも頭ひとつ抜けており、水のエレメントにおいては学生の中で右に出る者はいないだろう。

 なんと言っても、あの四英雄にして最強の水使いで、水の国の最高位【水龍すいりゅう】の称号を持つ学長――ミュール・ミラーからもひと目置かれているほどだ。

「で、座ってもいいかしら?」

 わざわざ聞き直してくるあたり、相変わらず性格が悪い。

「……どうぞ」

「ありがとう」

 優雅な動きで座るフィリスを一瞥し、すぐに視線を広場へ戻す。

「いよいよね」

「……そうね」

「今年の子は当たりかしらね?」

「当たりも外れもない。私たちはただ教えるだけよ」

「ふふっ、それもそうね。でも、できれば可愛い子がいいわ」

 何がおかしいのか微笑むフィリスに、カームは内心で、厄介な一年生がフィリスに当たりますように、と願った。

 四年生には、卒業するために特別な条件がある。

 それは、決められた一年生をパートナーとし、その子が持つエレメントとは別のエレメントを習得させるというものだ。

 これは、五彩都市にあるイリダータだからこその条件でもある。

 他国のエレメントを学び、それを友好の証とする。

 条件自体、何も難しいことはない。

 そもそも自国のエレメントを扱える時点――イリダータに入学できた時点で素質はあるのだ。

 よほどの特異な体質でなければ、他のエレメントを体が受けつけないということはない。

 だが、そんな例外な子をパートナーにされたら最後、必要以上の時間を一年生につぎ込まなければならず、最悪の場合、卒業すら危うくなる。

「来たわ」

 フィリスの言葉に、意識を戻す。

 イリダータから広場に向かって、学長を先頭に、教員と一年生の生徒達が歩いて行く。

「さて、お手並み拝見といきましょうか」

 その言葉にだけは、カームも同意した。

 あの広場を見ると、思い出す。

 自分が入学した時の光景を。

 自分のひとつ前に実演したフィリスは、他の一年生の実力を圧倒していた。

 水使いは、実力を示すため、ミュールの【水龍すいりゅう】の称号に習って、龍を模した水を操ってみせるのだ。

 水柱のように突き上げ、それを龍の如く、いかに自在に操れるかを見せる。

 フィリスは、一年生にして三匹の龍を作りだし、操って見せたのだ。

 その実力を学長に認められ、時々アドバイスをもらっている光景を見たことがある。

 四年生になった今、フィリスは五匹まで作り出すことができる。

 ちなみに、学長は九匹の龍を操ることができる。

 それは学長だけの極致であり、敬意を表し、【九頭龍】と名付けられている。

 だが、そんなフィリスの能力さえ霞むほどのことを、カームはやってのけたのだ。

 自身の背後を覆い尽くす炎の壁。

 開いた口が塞がらない生徒たちの中で、フィリスだけが悔しそうにカームとその背後の炎を睨んでいた。

 あれからだろうか。

 フィリスが突っかかってくるようになったのは。

「ちょっと、聞いてるの?」

 気がつくと、フィリスが睨んでいた。

「なに?」

「あなた、今でも【虹使い】になること諦めてないのよね?」

「当たり前よ」

「そう……それならいいけど」

 カームは内心で首を傾げた。

 なぜ、自分のことをフィリスが気にかけるのか。

 だが、彼女だけだ。

 自分が【虹使い】になることを馬鹿にしないのは。

 不可能だとか、時間の無駄だとか、夢見すぎだとか――自分よりも能力が低いくせに口だけは達者な愚か者たち。

 だからカームには知り合いが一人もいない。

 だが必要とも感じない。

 それでもフィリスだけは馬鹿にしない。

 口には出さないが、認めてくれている。

 だからカームも彼女のことは邪険にしない。

 能力だって申し分ない。

 もし誰か一人、万が一でも自分を越える者を挙げろと言われれば、迷わずフィリスと答えるだろう。

 自分に自信のない人間は、カームを避ける。

 だが、フィリスはこうして向かい合ってくれる。

 だからお互いに馴れ合うこともなく、口を開けば嫌みを言い合うが、誰よりも認め合っているのだ。

 そのためにも、自分の時間が必要なのだ。

 パートナーとなった一年生には、すぐにでも火のエレメントを覚えてもらおう。

 このカーマイン・ロードナイトが教えるのだ。

 どうせ、フィリスが「どっちが先に一年生に習得させることができるか勝負よ!」とか言うに違いないことだし。

「カーム」

 名を呼ばれたカームは、自然な動作で手に持っていたカップを口へ運んだ。

「どっちが先に一年生に習得させることができるか勝負よ!」

 一言一句思った通りの言葉を口にしたフィリスに見られないよう、カームはカップで隠した口元に笑みを浮かべずにはいられなかった。

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