第一話 広がる世界(3)
イリダータは基本、エレメンタラーであれば入学できる。
だが、同盟を結び、その四大国によって創設されたイリダータに入学することは、国の代表と見られることもあり、入学する新入生であろうと、ある程度の実力は有していることが多い。
また、五彩都市アルコイリスは同盟国となった四大国によってつくられた、国同士の確執や偏見のない、長い間に亘って続いた戦争という名の殺し合いとは無縁の都市。
火の国でも水の国でも風の国でも地の国でもない、どの国にもなびかず、どの国も拒絶しない。
中立にして独立した都市。
それでも完全に、とはいかないのが現実だ。
生徒には、出身国を表す国の色をした石が飾られたループタイが締められているし、一年生で扱えるエレメントは自国のエレメントであることが常であるため、それもまた出身国を表すことになる。
生徒自身も、やはり他国の人間との交流が自然にできず、自国同士で集まりがちになる。
そんな中、百二十人から成る一年生の教室で、ソラが奇異の目つきで見られるのは当然のことだった。
誰もがどこの国の出身かを確認しようとループタイの石の色を見てまわるなかで、ソラの首下を見ると、声には出さずとも驚愕していた。
だが、そんな視線を受けてもソラは平然としていた。
あらかじめミュールから説明されていた。
出身国を表さない――いや、表せない、タイなし。
それが、ソラをソラたらしめている要素。
だから、例えこれが原因で声をかけられなくとも平気で――
「よっ」
適当な席に座って待っていると、隣から声をかけられた。
ソラが左を向くと、茶髪で癖のない髪の男子生徒と顔が合う。
「俺はレイ・バーネットだ。よろしくな」
笑顔で手を差し出してくるレイと名乗る少年に、
「ボクはソラ。こっちこそよろしく」
同じく笑顔を返し、握手をかわした。
「ソラ……変わった名前だな。それに名字は?」
「ボク、産みの親が誰か分からないんだ。だから、名前だけ。あと、育ての親の一人が風の国の出身で、その人が名付け親だから、ソラ」
「すまん。初対面から重い話をさせちまったな」
両手を合わせて頭を下げるレイに、ソラは両手を振って見せた。
「気にしないでいいよ。ボク自身、まったく気にしてないから」
「そう言ってくれると助かる。それにしても、風の国って変わった名前が多いのか?」
「そんなわけないでしょ」
少し――いや、静かだが確かな怒気を孕んだ声が、ソラの右隣から聞こえた。
同時にレイの視線もソラの後ろに向けられる。
振り返ると、むすっとした表情の少女が見つめ――いや、睨んでいた。
淡い金髪のセミロングで毛先にゆるいウェーブがかかっている。
「風の国も他と変わらないわ。ソラの名前は、風の国の東にある島国でのみ独特に受け継がれているもので、恐らくは空を表す意味――違うかしら?」
レイに語り、視線をソラに向け、同意を得ようとする少女に、ソラは頷いて見せた。
「へぇ、そうだったのか」
「そんなことも知らないの?」
「仕方ないだろ。俺は水の国出身だからな。他の国のことなんて分かんねぇよ」
そっぽを向くレイに変わって、ソラが手を差し出す。
「改めてよろしく。ボクはソラ。君は?」
「私は風の国出身で、エラ・グリーンよ。こちらこそよろしく、ソラ」
かわした握手は、レイと違って弱々しく、繊細なものだった。
「最初はどうしてタイをしていないのか疑問だったけど、そういう理由だったのね。盗み聞きしてしまってごめんなさい」
「隣で話してたら聞こえちゃうのは仕方ないし、レイにも言ったけど、親がいないことも出身国が分からないことも、ボクは全然気にしてないんだ。むしろ、何にも縛られてないって感じで、どちらかというと楽かな」
「俺も、自分が水の国出身って誇りはあるけど、固執はしてないかな」
レイが背もたれに腰を預け、天井を仰ぐ。
「戦争が終わって他の国にも行けるようになったし、エレメントも学べるようになった。それも人を殺すためじゃなくて、今よりも生活を豊かにするため。俺たちはいい時代に生まれたよ。ホント、大戦を終わらせてくれた四英雄には感謝だよなぁ」
勿論、大戦に参加したすべての人も当然だけどな、とレイは付け加えた。
「うん。そう言ってくれると、喜ぶよ」
ソラは独り言のように呟いた。
楓も、アビーも、ミュールも、あの時代に生きたすべてのエレメンタラーは大戦を経験している。
男も女も関係なく、力のあるエレメンタラーは例外なく戦地に送り込まれた。
そして、四英雄を中心としたエレメンタラーによって大戦は終結した。
「私もここに来たからには、他の国のことも知りたい。だけど、私はまず自分のエレメントを極めたい。私の目標は、【エアロマスター】になることだから」
「それはすげー目標だな」
「何よ? できないって言いたいわけ?」
レイに向かって睨み付けるエラ。
「誰もそんなこと言ってないだろ。すげー目標だって言っただけ。俺には真似できないね」
「ボクも、凄い目標だと思う。応援してるよ」
そう言うと、エラは驚いたように目を見開き、白い肌を紅潮させた。
「そ、そう。それならいいんだけど」
毛先を弄りながら顔を背けるエラに、やれやれといった表情をするレイと笑みを浮かべたソラが顔を見合わせる。
「で、ソラはどんな目的でイリダータに来たんだ?」
「ボク? ボクは――」
と言いかけたところで教室のドアが開かれた。
入ってきたのは、学長のミュールだった。
その姿は凛々しく、威厳に満ちていた。
生徒たちの顔つきも引き締まるなか、ソラだけは頬を緩めていた。
隣同士で喋り合っていた他の生徒たちが一斉に口を閉じ、正面を向く。
学長としてのミュールしか知らない他の生徒と違い、学長してのミュールを見るソラにとって、目の前の彼女の姿は逆に新鮮だった。
「生徒諸君、入学おめでとう。私はここ――イリダータ・アカデミーの学長を務めるミュール・ミラー。あなたたち一年生は、これから四年間、ここでエレメントについて学ぶことでしょう。自分の国のエレメントを極めんとする者。あらゆるエレメントを学ぼうとする者。色んな子がいると思いますが、決まりはありません。すべて、あなたたち一人ひとりの自由です。どう学び、どうなりたいか、私たち教師や上級生は手助けはしますが押しつけることはしません。だから、自分の意志をしっかりと持ち、相手に伝えてください。そうすれば、その道に合った教えができ、導くことができます。誰かに無謀と言われようとも、馬鹿にされようとも、気にせず、自分の道を突き進んでください。戦前、私たちは自国のエレメントだけを学び、ただひたすらエレメントを極め、他国よりも優れていると証明するためにその腕を磨き続けました。だけど、今はもう大戦は終結しました。これからは殺し合うためではなく、お互いを理解し合うため、生活をより豊かにするために、エレメントを学んでほしいと思っています。自分のために……そして何よりも、他の人のために」
そこまで言って、ミュールは一拍置いた。
「長くなってしまいましたね。では、今日はまず、午前中にオリエンテーションを、そして午後からは今のあなたたちの実力を見せてもらうための実演をしてもらいます」
ミュールが言い終わると同時に、ドアが開いて大人が入ってきた。
全部で十人――実務と教養担当の教員、それに保健医や用務員と紹介された。
それぞれの教員に、生徒が均等に振り分けられる。
大まかに、座っていた長テーブルごとに班分けされたおかげで、レイとエラも同じ組となった。
ソラたちを案内してくれたのは、保健医の若い女性の先生だった。
「私はコーデイ。保健医をやっているわ。その場で死なない限り、エレメントによる怪我でもだいたい治療できるから。遠慮なく来なさい」
遠慮なく来なさい、という言葉に苦笑するソラだったが、レイの「こんな綺麗な人に治療されるなら行く」と耳打ちしてきた言葉には苦笑してみせるしかなかった。
反対側では、「これだから男は……」とエラが同じように呆れていたが、それが聞こえていたのか、歩きながら肩越しに振り返ったコーデイの柔和な笑みに、エラも頬を赤らめていた。
お世辞抜きにもコーデイは綺麗な女性だった。
茶髪で、少しきつめにウェーブのかかったロングヘアーが特徴的だ。
コーデイに校舎内を案内され、昼には広大な食堂に集まり、昼食をいただいた。
今日は一年生だけだが、明日からは全年生が利用するため、いっぱいになるらしい。
そして、午後の実演を迎えた。
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