僕のはじまり、猫のはじまり

辻本 浩輝

僕のはじまり、猫のはじまり

 ――猫が寝ている。部屋の片隅で。ぐうぐうと満足そうに目を閉じている。


 窓の向こうに、三日月が見えた。するどい光が部屋の中へと射し込む。


 僕は机の前で、ある言葉を思い出せないでいた。いつも近くにあるはずの言葉を。

 まっさらな日記の、まっ白な1ページ目を開いたままで。ただ、ペンを握りしめているだけだった。


 ――猫は寝ている。宇宙の片隅で。すうすうと寝息をたてている。


 僕はのあたりをグッと指先で押して、必死に思い出そうとしていた。


 その時、机の上に置いてあるグラスが音を立てた。炭酸水に入れた氷の弾ける音だった。いくつもの細かな泡が、水面へと浮き上がっていく。


 思い出しかけていた言葉が、また深い海の底へと沈んでいった。


 ――猫も寝ている。宇宙の中心で。僕と一緒に、すやすやと。


 その時、猫が「!」と鳴いた。

 つられて、僕はクシャミした。


 猫は目覚め、僕も目覚めた。

 鋭角な月は沈み、部屋はやわらかい光に満ちあふれている。

 そして、僕は文字をつづった。はるか昔に知っていたはずの言葉を。



 ――これが、世に言う『ビッグ・』なのである。



――了

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僕のはじまり、猫のはじまり 辻本 浩輝 @nebomana

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