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 翌日。部活ではシングルスでの練習試合が組まれた。

 相手は入ったばかりの一年生だけど、中学時代に同じく府の選抜に選ばれた子だ。夕方になってもやっぱり暑い。

 コートの中で走り回るだけで、体力の消耗は著しく、私も相手も息が切れる。

「燈! あともう少しだよ! 集中して!」

 ベンチで見ていた沙那恵の声が聞こえたけど、頭の中にはきちんと届いていない気がする。

 相手のサーブでボールがこちらのコートへと迫ってきた。

 喰らいつくようにして、そのボールを返した時にはもう私の足は重くなっていて、相手が打ち返したボールが見えた。


 結果として、その日も私は負けた。

 休憩を言い渡された部員達は、日陰で涼んだり、制汗剤の貸し借りやラケットの調子を整えたりしている。

 私はと言えば、不安な表情を浮かべて歩み寄ってきた沙那恵の呼び止めにも応じず、またゆっくりとした足取りで体育館の入り口近くで腰掛けていた。

 自然と漏れてしまう大きな溜息。

「おう、燈か」

 と低い声で名前を呼ばれて、上を向く。私の顔を真上から見下ろしていた男子は幼馴染のあきらだった。

「なんだ、輝か。バスケ部の練習は?」

「今は休憩中だ。そういうお前はサボりか?」

「同じく休憩中よ……うん、休憩」

 自分に言い聞かせるように二度同じことを呟く。私の隣に彼が座った。

「何で隣に座るのよ?」

「いいだろ、別に。で、何か悩んでんの?」

「何よ急に。別に悩みなんか……」

 輝は傍に置いてあったバスケットボールを手にして、片手の人差し指の上で回転させる。

「器用だな」、と思わず言葉が漏れる。

「俺も一時期全然シュートが決まらない時があったよ」

 突然話始めた彼を止めずに黙って聞いておくことにした。

「その時期は辛かった。どんだけやっても入らねえんだもん。もう辞めてやろうかって何度も思ったし。でも--」

 そこでボールをもう片方の人差し指に移し替える。

 話の続きを促すと、彼は自然と薄い笑みを浮かべていた。

「先輩に“好きな気持ちを捨てたら負けだ”って言われた。そうしたら、頭の中がスッキリした気がして、試しに一本投げてみたら入ったわけよ」

「……なるほどね。それで、私はどうすればいいのかな?」

「だから、不調で辛いことがあったとしても、好きな気持ちだけは捨てないようにしておけってことだ。続けることにこそ意味がある、みたいな?」

 実に曖昧であると思ったけれど、そろそろ休憩も終わりなので立ち上がった。

「ありがとね。心配してくれて」

「なあ、燈。お前さ、今度の土曜とか空いてたりしないか?」

「何よ、また急に。昼過ぎまでは部活だけど」

「そうか。じゃあ、その後一緒に--」

 話している途中で輝の背後からバスケ部の他の男子部員が、彼を羽交い締めにして休憩が終わったことを報告しにきた。

「じゃあ、私も戻らないとだから」

 背後から呼び止める輝の声が聞こえたけれど、態々わざわざ探しに来てくれたであろう沙那恵の姿が見えたので、走ってその場を後にしてしまった。

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