パラレルワールドシンドローム
滝川零
第1話 ようこそ
二〇一九年・六月初旬。
盆地の多い京都は本格的な夏の到来前でも十分に暑い。
それに関わらず、私は太陽の光による熱気が照り返すコートの上に立っていた。息が切れて、呼吸するたびに汗が額から頬を伝い、地面へと落ちる。
ラケットがボールに当たる音が聞こえたと同時、「
疲れて、疲れて、もう動きたくないはずなのに足が勝手にボールを追いかける。そう、前までは。
手を伸ばせばラケットが届きそうな距離まで走った所で、足が止まってしまった。二ヶ月ぐらい、ずっとこの調子だ。
「はーい、練習試合終わり。一年生は片付け、二年と三年は着替えて部室へ先に戻って」
コートの向こうから聞こえてきた指示に全員が返事をする中、ただ地面に転がったボールを見つめていた。
「燈、着替えに行こう」
背中を叩かれ、我に返った私は慌ててパートナーの顔を伺う。
「ごめん、
「いいよ。さっきのは反応遅れた私のミスでもあるし」
咎めることもなく、親友でありダブルスのパートナーでもある彼女は更衣室へ向かった。
けれど、着替え後の部室ミーティング終わり、私のミスを見逃さない声に呼び止められる。
教卓に立っていたその人は、私に残るよう言った。
「お話って、何ですか……
背を向けて、校庭を部室の窓から眺めていた我がテニス部の部長は、ゆっくりとこちらを振り返る。
「燈、どうしてあと一歩の所で諦めるの? ここ最近のことなんだけれど」
普段は温厚で誰にでも優しくて、頼られる存在の部長からかけられた厳しい言葉。
尊敬している相手だけに私は目を合わせられない。
「まあ、スランプっていうのは誰にでもあるからね。でも、府大会まで後一ヶ月半しかない。そんな中、燈がその調子だと後輩にも示しがつかない。分かるよね?」
声は出さずに小さく頷く。桧山部長は溜息を吐いた後、厳しい表情を崩して笑みを浮かべる。
「ごめん、柄にもなく厳しいこと言っちゃったね。もう行っていいよ。
東方とは沙那恵の苗字だ。私が部長に呼び出されたことで、先に校門で待っていた。
部室を後にして、重い足取りで昇降口に辿り着いた私は、靴を履き替えて校門で待つ沙那恵の元に向かう。
彼女の後ろ姿を捉えたことで、体の力が抜けたようにその背中へともたれかかる。
「もう、重いって。意外と早かったじゃん」
「うん、まあ……桧山部長優しいし……」
呼び出された内容を言わなくても分かってくれるのは、やはり何年もの付き合いがあるからだ。
京都の
私は中学時代にテニス部で選抜に選ばれたことで、推薦をもらいスポーツ科に入学した。
そして、早くも一年が過ぎたのだが、新入生が入ってくると同時期ぐらいから肝心な所で足が止まってしまう。
原因は自分でもあまり分かっていない。自販機で買ったジュースを飲みながら沙那恵は、
「きっと、部長は燈を次の部長にする気だよ」
と言った。
「私が? 無理だよ。上手いとか下手とかじゃなくて、人をまとめる能力ないもん」
「そんなことないって。燈が思ってないだけで、皆はあんたの実力を認めてる。部長になったら、私は副部長にしてよね」
勝手に話を進める沙那恵は、冗談が過ぎたことを謝ってきた。流れる鴨川を橋の上から見つめていると、その中に自分も流されてしまいたくなる。
何も考えず、ただテニスにのめり込めれば幸せなんだろうか。
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