第12話 ちさと、学校へ行くってよ。
「ん~一年のみですか…。確かに経歴を確認する限り、彼女は全く学校に行っていないようですが…」
「はい。ですが、ネットで調べる限り、年齢を超えていなければ、復学も可能じゃないかって受け取れる文面もありましたので…」
司は役所の教育委員会で熱弁を振るっていた。ちさとの復学についてです。義務教育の範囲内で、年齢を超えていない場合、引きこもり、不登校など様々な事情を抱えた子供に対して、卒業資格を与えられるように努める。そんな文面を、司はネットで調べていた。
「しかし、授業はどうしますか?年齢的に高校進学の時期ですし、彼女が授業についていけるかどうか・・・。」
「入試勉強については、私も塾や家庭教師等、いろいろと努力していきたいと思ってます。」
「…分かりました。しかし、実の父ではない貴方が、そこまで…いや、家庭には様々な事情がありますから、私が問いただすものでもありませんね」
「必要な物は、こちらですぐに手配します。」
「相当な出費になりますが、よろしいのですか?それに、修学旅行の積み立て等、本来3年間で行うべきものも、支払わなければいけませんので、例え無償化しているとはいえ、諸経費は馬鹿になりませんよ」
「…はい。私が出来る事は…それくらいなので…。」
「わかりました。では、何とかしましょう。追って連絡します。手紙では時間が掛かるかもしれませんので、直接来ていただければ早いと思います。入学予定の学校にも、連絡をしておきましょう。」
「ありがとうございます。」
ちさとは、そのやり取りをただ見ているしかなかった。そして、その足で制服を買いに行く。
「こうして試着してみると、学生だなーって思うよ」
司は、制服合わせで試着中のちさとを見て言った。
「でも、1年だけなんですよね。なんか、勿体ないと言うか。」
「思い出を買っている気持ちでいれば良いさ。制服もジャージも、ちさの思い出になるんだ。あ、ちなみに、俺も同じ学校出身だから、後輩って事になるな」
(思い出…かぁ)
ちさとの思い出と言えば、ほとんどが室内で完結されていたものが多く、こうして何かをするために出掛ける思い出が無かった。
しかし、着の身着のまま出てきて、今、着ている服もアクセサリーも、全てが司のお金だった事もあり、少しだけ後ろめたさを感じていた。
「私がパパにしてあげられる事って何だろう」
「ん?何か言ったか?ちさ。」
「ん~ん。なんでもない。」
(多分、優希さんと同じで、パパを幸せにする事が、私のしてあげられる事、なのかな?)
―――そしてその日の夕方。
「ただいま~。」
「ってか、ちさ。なんで家じゃなくてキャンピングカー生活なんだ?」
買い物から戻った二人は、司の自宅車庫に停めてある、いつものキャンピングカーに戻って来た。ちさとは、司の顔にグッと近づいて、顔を膨らませる。
「む~。だって、こないだ見た家。結構ボロボロだったじゃん。」
「いや、仕方ないだろ?リフォームとかすれば、ピッカピカになるって。」
司は自宅付近で目星のついていた、中古の一軒家をちさとと共に見ていたのだが、リフォーム前だったためボロボロで、ちさとは不満を漏らしていた。
「せっかくこの車があるんだから、すぐに家を買わなくてもいいじゃん。それに、私ここの生活の方が気に入ってるし。」
「まぁいろいろあったから、キャンピング生活を続けていたわけで、その…電気は家から引いてるし、トイレも自宅に行けばいいから、全く問題は無いのだが…」
「いいんじゃない?キャンピングカーから学校に通う女子学生がいたって」
「コラコラ…。仮にもお友達とかできた時に、呼びづらいだろ?」
「えー!?家に呼ぶの?それ…フリンにならない?」
「ならんわ。ってかそれ、俺がちさの友達に手出す事を前提にしてるじゃないか」
「違うの?」
「ゲームじゃないんだから…そんなのでフラグは立たない…いや…なんでもない」
「フラグ?」
「ゴホン…なんでもないって…」
(ちさに、ヲタク用語言ったところで、通じないしな…。)
結局、新居は決まらないまま、ちさとの初就学の日を迎えるのでした。
「ちさ、忘れ物は無いか?」
「うん。大丈夫!」
「なんか…新鮮だな…。その、俺は男しか育てた事が無いから、女の子が入学する感覚が、正直分からないが…ね」
「私なんて、すんごくドキドキしてる…。」
ちさとは今まで、年上の人間とは接してきたが、同じ年の人間とは接した事が無かったので、その緊張具合は、司も伝わってくるようだった。
徒歩で10分もかからない距離に、ちさとの入学する『市立南中学校』がある。そこは20年以上前に、司と優希も卒業した母校であった。『3年C組』それがちさとの入る教室。ちさとはまず、職員室へと案内される。
そこで待っていたのは、担任の飯塚耕三。中肉中背、丸眼鏡がよく似合っている男性でした。少し頼りなさそうなタレ目からは、何を考えているか分からない雰囲気もあった。
「失礼します」
「星野ちさとさんですね。ようこそ我が校へ。担任を務めさせていただいてます。3年国語担当の飯塚と申します。」
「はい。その…。1年間では…あ…ありますが…よ…よろしく・・・お願いします。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。お父様より、今までの経緯はお聞きしております。分からない事やトラブル等ありましたら、私までご連絡ください」
飯塚先生の先導で、教室へ初めて足を踏み入れるちさと。そこには男女合わせて27名の生徒が待っていた。
「来たわよ!」
「よっ!待ってました。」
3年生での転校生とあって、既に校内に噂は広まっていた。
「静かに。」
一見頼りなさそうな飯塚先生だったが、たった一言で生徒全員が一斉に静かになる。
(す…凄い…。)
私語は無くなったが、熱い視線は残っていた。飯塚先生はチョークを持つと、黒板に名前を書き出す。
「はい。もう噂になっていたようですが、春からの転校生、星野さんです。では、自己紹介をどうぞ。」
(うわー。他に何も言わないのー!?)
ちさとは、今にも爆発してしまいそうな心臓を抑えながら、司の言葉を思い出した。
『いいか?最初の一言で緊張した時は、目を閉じてゆっくりと息を吸ったり吐いたりしてみるんだ。』
(落ちつけ、落ちつけ、落ちつけ…)
ふー、はー、ふー、はー。
ちさとは、言われた通りに深呼吸をして、そこからゆっくりと話し始めた。
「えっと、父の都合により・・・今日からお世話になります。星野千怜です。ちさって呼んでくれると嬉しいです。えっと…、ここの街は初めて住む町で、おいしいお店も、楽しい場所も分からないですし、その…何と言えばいいのか…。い…一年間ではありますけれど、もしかすると、こ…高校まで一緒になれるかも…知れないので…えっと…よ…よろしくおねがいしがぶっ」
(噛んだ!!!最後噛んだ!!)
顔を赤らめて慌ててお辞儀するちさと。すると、室内に拍手が鳴り響く。
「こちらこそよろしく~」
「可愛いよ~」
「そう?」
「いや、かわいいって…」
そんな声が飛び交う。すると、飯塚先生は一度咳払いをする。
「ゴホン。えー星野さんは、父親の都合であまり学校には通えていなかったようなので、お勉強の方が遅れているそうです。分からない事があれば、皆さんで教えてあげてくださいね。星野さんも遠慮せずに聞いてください。」
「あ…はい。」
(って~聞いてないよ~。何言ったの?パパ)
ホームルーム終了後、話題の転校生は注目の的だった。
「ねぇあまり学校に通って無かったってどういう事?」
「前はどこに住んでたの?」
「彼氏いるの?」
「え?え~?あの…その…」
「こらこら男子?そんなに質問攻めしないで!困ってるでしょ?」
「あ~でも私も聞きたいな~。」
「あは…ははは…」
(なんか…凄い事になってる…)
そして始まる初めての授業。事前に初日で行われる授業の教科書を、優希と共に読んではいたものの、計算式も漢字もまるで分からず、英語に至っては論外で読む事すらできなかった。しかし…。
―――数日前。
「これ…どうするのよ…。こんなの皆・・・毎日やっているっての?」
【そうだね…小学校飛ばして、中学校も三年生にもなると、こうなっちゃうよね】
「優希さん…私、すんごい自信無くして来ちゃった…」
【あら?じゃあ辞める?】
「い~や、それだけは嫌!パパは、私に『かわいいJK(女子校生)』になって欲しいって。優希さん…なんか良い方法は無いの?」
【ん~私も、学校行っちゃう?】
「いやいや・・・通えないでしょ?」
【行けなくはないんじゃない?ほら、都会に行った時のように、私の『位牌』を持って歩く…とか?】
「それ…何も知らない私でも、何となく分かるけど…気持ち悪い…かも」
【そうねぇ…。あ…そうだ。仏壇の引き出し。ちょいナナメ下のところ】
「?…ここ?」
優希に導かれるまま、ちさとは仏壇の引き出しを開けてみる。そこには、綺麗な数珠の腕輪が入っていた。
「これ…は?」
【これこれ。私がみーちゃんと一緒に、M県の神社で作った、私お手製の数珠腕輪よ。私の思い入れが一番強く入っているから、これを鞄に入れるか、身に着けていくとか?】
「うー。位牌も嫌だけど…こっちならまだ…。でも、優希さんも一緒に行って、どうするのさ?」
【そりゃあもう、授業のフォローをします。任せて!】
―――時は戻って…。
(『任せて』って言われても…)
ちさとは、自作したお守り型の袋に数珠の腕輪を入れて、カバンに入れていた。
静かな授業風景、聞こえるのは教師の言葉と、黒板に文字を書き込む音。ちさとは、ノートに文字を書き写すだけで精一杯の状況でした。その後も、分からない部分は優希に聞きつつ、登校初日はあっという間に過ぎて行きました。
―――。
「はぁ~終わったぁ…」
「星野さん。おつかれ~。大変そうだったね。」
近くの席にいた女性が声を掛けてくる。
「今まで、あんまり勉強してこなかったから…」
「そうなの?私、逆に羨ましいなぁ~?」
「ん?何が?」
ちさとが彼女を見る。
「だって…自由って事じゃない。私もそんな生活してみたいな~。あ、私『
「自由・・・かぁ」
ちさとはそう聞いて思う。自分の自由とは何かを。今まで自由とは無縁の、室内生活を強いられてきた上に、暴力を振るわれ傷つき、少ない食材で必死に料理して食べ繋ぎ、時には2~3日間水だけで過ごす事もあったあの頃を『自由』とは思えなかった。
「佐々木・・・さん?」
「ゆあでいいよ。私も、星野さんの事、自己紹介のようにちさって呼ぶから。」
「ゆあさん…。私は…自由・・・なんですか?」
「はい?」
「いいえ…何でもないです。」
ちさとはいろいろ言いかけたが、それらを全て押さえつける。
「どうしちゃったの?ちさちゃん…」
「あのね…。ゆあ…さん。その…。私が思うところの『自由』って、多分…、ゆあさんの考えているものとは…ちょっと、違う…と言うか…」
(考えるの。考えるの。私が何を伝えたいのか。今・・・何を言って良いのかを)
ちさとは、少ない知識の中で、ありったけの言い回しを考える。
「ちさちゃんの…『自由』?」
「そうです。確かに…私は…パパ…。父の考えで行動してきました…。けれど、良い事もあれば…悪い…事もあります。ゆあさんも…皆さんも、やってきたことを、私はやっていない。それは…『自由』じゃない…かなって…思うの」
ゆあは、ちさとの言葉聞いて、一瞬固まる。が、すぐにクスクスと笑い出した。
「あははは。ちさちゃんって、面白い事を言うのね。」
「おも・・・しろい?」
「そうよ。何が『自由』か。なんて、私も分からないわ。ただ、人それぞれが何をするかで、その『自由』の意味は違ってくると思うの。だから、ちさちゃんの考えも、立派な『自由』なんだと思います。」
その言葉を聞いて、ちさとの顔に少し笑顔が戻る。
「そう…だよね。うん。ありがとう。ゆあさん」
ちさとの言葉に、ゆあの表情も明るくなる。その姿を、優希はずっと見ていた。
(ふふっ。あの子やるわね。ちさとちゃんの友人第一号で良いのかな?)
転入初日に出会った二人はその後、ちさとの家付近の交差点まで、一緒に下校するのでした。
「ただいまぁ」
キャンピングカーに帰って来たちさと、その顔は朝の不安そうな表情とは違い、さわやかになっていた。
「お、おかえり。ちさ。どうだった?学校初日は」
「パパぁ。先生に変な事言ったでしょう。」
「うっ・・・そ…それは…」
冒頭いきなりのツッコミに、焦る司。
「いや、ほら、本当の事言ったって、あまり得する事ないだろ?それに、変な事では無いだろう?少しだけ事実を入れて、お話させていただいただけさ」
「ま…まぁ…そういうことなら…。あ…ありがとう…ございます。」
ちさとは、その日あった出来事を、司に話して聞かせるのでした。
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