第11話 ただいま!そして、これから!

ちさとが食材の買い物から戻ると、何やら慌てた様子だった。


「ん?どうした?ちさ。息が荒いけど…」

「はぁ…はぁ…はぁ…、うん。えっと…、知らない人から、声かけられて…、はぁはぁ…怖くて、逃げて来た。はぁはぁ」

「なぬ!それはきっとアレだな!ちさが可愛くて、ナンパされたとか…?」

「あ…いえ…その…」

「ん?」


「おまわりさんから…」

「ぶはっ」


その後、追ってきた警察官・・・ではなく巡回警備員が、キャンピングカーにやってきたのは言うまでも無かった。


「すいません。手が離せなかったとはいえ、娘に一人で買い物に行かせてしまって…」

「いえいえ、お父さんがいるならきちんと話してくれればよかったのですが、若い娘さんが一人で歩いているので、お声をかけさせていただいたら、急に逃げてしまうので何かあったのかと」

「す…すいません…でした。」


こんなお騒がせな事もあったが、二人はベースとしているオートキャンプ場へと到着した。


「あの…今日の夕飯、作るところは見ないで欲しいんだけど…いいかな?」

「ん?ああ…構わないけど…どうした?」

「いえ…その…は…初めて作る料理なので、見られていると…その、緊張しちゃうので…」

「分かった。けど、気を楽にして怪我無くな。」

「はい。」


司は少し心配しながらも、二段ベッドのカーテンを閉めて、そこで執筆作業を行うことにした。それらを確認したかのように、ちさとの目の前に優希が現れる。


【さて、始めましょうか】

「はい。」


ちさとは、買ってきた食材を袋から取り出すと、下ごしらえから始めました。


―――。


「ふぅ…なんか…初めてだな…」


司は、ちさとの様子が気になって、パソコンの手が止まったままでした。


(今までは、一緒に料理とかしてたけど、ちさも一応・・・一人で料理してたって言ってたよなぁ。昔はよく某落語家のテレビ番組で『小学生が料理対決するコーナー』とかあったりしてたけど、あれって結局、打ち合わせとかいろいろやって撮影して、上手に出来た子が勝てるって感じだったんじゃないんだろうか。)


「あ~いかん。集中できないじゃないか」


司はリズムよく流れてくる『包丁がまな板を叩く音』を聞きながら、時が過ぎるのをただ待っていた。


【水は入れすぎちゃダメね。ある程度になったらゆっくり…そう】

「は…はい」


ちさとは、優希に言われるがままに料理を作っていた。


(この料理・・・全然知らない…)


課程が進むと共に、車内に良い香りが流れてくる。その甘く芳醇な香りは、ベッドにいる司の鼻にも伝わってくる。


(あれ?この匂いは…。なんだっけ?嗅いだ事があるような香りだけど…)


司は記憶を辿るも、思い出せなかった。


(ん~食べれば思い出す?かな)


―――しばらく待つこと1時間。


「パパ、出来たよ~」

「お…完成したか。もうお腹ペコペコだわ」


司はずっと漂う匂いに、お腹がすいて仕方なかった。早速テーブルへ向かうと、そこにはシチューのようなクリーム煮系がメインの夕飯が並べられていた。


(これって…まさか…。)


司はその見た目だけですぐに、記憶が蘇ってくる。そして、ソレを口に運ばせる。


(あ…やっぱりだ…。)


司が食べているその様子を、ちさとはじっと見つめていた。


「ど…どう…かな?」

「ああ…美味い…よ」


たった一口、司が口に入れただけで、司の目から涙が浮かんでいた。


「ちさ…どうして、この料理を作ろうと?…いや、理由なんて簡単な事なんだ。」

「パパ…?」

「この料理は…間違いない。優希の十八番おはこ料理。名前は無い。調味料の分量も彼女しか知らない。俺も試しに作ってみたが…普通のシチューにしかならなかった。それを完壁に作ってみせた」


そこから司が一皿完食するのに、時間はかからなかった。


「よかった。ちゃんと出来ているか…ちょっと心配だったんだ。」


そう言うと、ちさとも自分で作ったその料理を食べ始める。


「ホント…美味しい…。」

【うふっ、どういたしまして】


人は、本当に美味しい物を食べた時、言葉を失うと言う。司は既に二皿目に入っていた。


「なぁ…ちさ…。」

「ん?なに?パパ」


司はスプーンを一旦置き、深呼吸する。


「優希が…、いるのか…。ここに…。」


その一言で、胸がキュンとなるちさと。しかし、どのように言葉にして良いか分からず、思わず首を縦に振るのみに留まる。


「スマン…。これは信じざるを得ないと言えるだろう。さっきも言ったが、この料理の調味料分量は、優希にしか分からない。だから、ちさが適当に混ぜて出来る料理では無い。しかし、優希がそこにいて、何らかのアドバイスをしていたのなら…全ては説明が付く」


「うん…。」


「優希は…なんと言っている?」


司は涙をティッシュペーパーで拭いながら言う。


【ウジウジ泣いてんじゃないゾ】

「ウジウジ泣いてんじゃないゾっと…」


「そうか…そう…だよな。その言葉は長い結婚生活で何度聞かされた事か。」


「うん…パパの家に初めて来たときに…私、よくわからないけど…見えちゃったんです…」


「ちさの言葉に、嘘は無い。それは、俺自身が保証する。優希…聞こえているのだろう…。俺は…平気だ。そしてこれからも、ちさをよろしく。」


【うふ。や~っと気づいてくれた。】


司の瞳に、これまでのような寂しさは無いように、ちさとには見えた。


(これで…優希さんは天に行けるのかな?)


ちさとはそう思った。しかし、そんなちさとの顔を見て、優希が言う。


【あ~ちさとちゃんその顔!私が成仏できると思ったでしょ~?】


(えーー!?)


【言ったでしょ?みーちゃんの幸せが、私の幸せだって。もちろん、ちさとちゃんも幸せにならないといけないから、もうちょっとだけ付き合ってあげる。】


(もう…。幽霊ってもっとこう『怖い』ものじゃないの!?)


「ん?どうした?ちさ…。優希になんか言われたか?」


急に黙り込んだちさとを心配して、司が声を掛けて来た。


「あ~えっと…。優希さん。私が幸せにならないと、成仏しない…ですって…」


「ははははは。優希らしいな。俺もお人好しってよく言われたが、範囲を俺だけに限定すれば、優希もまたお人好しだったと、今になって思うよ」


「パパ限定…?」


「そうだ。俺や子供達の笑顔。それが優希の生きる原動力だった。だから入院中も、辛い投薬治療中であっても、優希は笑顔を欠かせなかった。幽霊になっても、その性格は変わらないようだ。」


【そうそう。暗い顔したって、みんな喜ばないものね】


「そうなんだね。なんとなく分かります。私も…勉強になります。」


ちさとはいつの間にか、優希の影響を強く受けるようになっていた。それは、同性として負けられないと言う意地でもあった。


食事が終わり、司は執筆の続きを、ちさとは片付けをやっていた。


「優希さん…」

【ん?何?ちさとちゃん】

「優希さんはやっぱり凄いよ。料理ひとつで…パパがって分かったのも、やっぱりパパの中で、優希さんの事が好きなのは…変わりないんだなって…。」


【確かに…みーちゃんの心に私がずっといるのは本当だと思う。けどね、それ以上に貴女の存在もみーちゃんに大きな変化を生んでいる。そう思ってますよ】


「そんなものなんでしょうか…。」


【そんなものですよ。少なくとも、ちさとちゃんがもし20歳で大人の女性だったら、間違いなくすぐに結婚~なんて事になっていたと思いますよ。】


「やっぱり…私が子供だから…?なんですか?」


【そうね。子供心は変わりやすい。特に女心は…ね。例えば、小さい頃に『誰々さんと結婚する~』なんて言ってた女の子も、大人になったら『あ~ん?何それ?きんもー』とか言うかもしれませんからね。】


「う…。それは…。わ…分かる。私もちっちゃい頃に、お母さんと一緒に来てた男の人に…。言っちゃってたかな…。」


【でしょ?私も幼稚園の頃とかよく言ってた。その人は親戚の子だったけどね。今考えたら、マジきもーって感じで。まぁ私もう死んじゃってるけどね】


二人(?)の女子トークはその後も、夜遅くまで続いた。もちろん、勉強も疎かにはせず、その夜は更けていった。


―――翌朝。


「おはようございます。パパ。」

「おぅ。おはよう。ちさ」

「パパ。これ、見て欲しいんです。」


ちさとは、買っていたドリルを司に見せた。


「どれどれ・・・・ん?。おお」


最初に進めていた国語のドリルには、数日前までだったとは思えないほど、上達した筆跡がそこにあった。


「凄いぞこれは。見違えるほど上達したじゃないか」


「まだまだ・・・漢字?とか。ホントいろいろあって、難しいです。」


ちさとは、自身の長い髪の先を、指先でクルクルと弄りながら、恥ずかしそうに視線を逸らす。


「漢字はまぁ仕方ない。いろいろな本を読んで、分からない漢字があったら、このiPadの辞書で調べるといい。あとで、使い方を教えるから…。」


「はい。」


二人はオートキャンプ場の管理人へ挨拶へ向かう。


「ホント、寂しくなるね。特にちさとちゃんはここのアイドルみたいになってたから…さ。」

「そ…そんな。」

「冗談だよ。」

「えー!?」

「ったく、顔馴染みだからって、揶揄からかうのはどうなんだ?」


「わはは。まぁ十分に稼がせてもらったし、またいつでも来な。大歓迎だ」


「ホント…それな。でもまぁこっちにまた来ることがあったら、使わせてもらうよ」


司と管理人は、ハイタッチしてその場から別れた。


「管理人さんと、仲が良いんですね。」

「まぁ~ここはよく使わせてもらってるからな。無茶なお願いも、少しは聞いてくれる。」

「また…来たいです。」

「そうだな。また、遊びに来よう。」


こうして二人は再び、司の家のあるI県へと2日かけて帰郷した。


「ただいま~」

「おかえり~ちさちゃ~~ん。会いたかったよ~」

「お…お姉ちゃん。やだ、そんなに強く抱きしめないでよ~」


「父さん、おかえり」

「おぅ。海人。今帰った」


到着を心待ちにしていた咲良。事前に連絡を入れていると、豪華な食事を用意して待っていてくれた。


「今夜はお寿司にしたよ。」

「ありがとうございます。お姉ちゃん」


久しぶりに家族が揃った家で、豪華な夕飯が始まる。


「…で、これからどうするんだ?父さん。」


「ん?ああ、近くで空き家があっただろ?あそこを買い取ろうと思う」

「はぁ!?マジで?ここがあるのに?」


「ああ。ここはお前たちに譲るつもりで、元々考えていたんだ。」

「その歳でローンとか厳しくないか?」


「海人…お前なぁ…。もち、一括で買うに決まってるだろ?」

「パパ…そんな事しなくても、お姉ちゃんと一緒に居られるんだからいいんじゃない?」


ちさは心配そうに司を見つめる。


「ちさ、大丈夫だ。一応、ちさの転居届の住所は、俺が所持しているアパートの空き部屋を、俺自身が確保してそこに移してあるんだけど、ここは学校も近いし、立地条件が良い物件はいっぱいある。」

「父さん・・・不動産王か?」


「そんなんじゃねぇよ。ただ、家一軒買うくらいの余裕はあるし、言った通りだ。俺の収入源はアパート経営だ。知らなかったのか?」

「いや…知らなかったよ。ってか、そんなお金あるんだったら…母さんは…」


「海人お兄ちゃん。そこは言わないであげて…」


ちさとは事情を知っているだけに、海人を静止する。


「咲良ちゃん…海人。聞いていなかったのなら…いろいろ説明するよ」

「ああ、聞かせてもらう。」


―――司は息子夫婦にも、自身のお金事情について説明した。


「はぁ!?例の宝くじ当たってたのかよ。マジで?」

「ああ、マジだ。」


「そりゃ~たまに父さん宛てに融資やら、何やらいろいろ手紙が来ると思ったら、そう言う事だったのか」

「アパート経営は、不動産屋を仲介しているから俺自身が直接やっているわけじゃあないが、まぁ順調に行っている。」



「はぁ…んだよ。道理で娘(孫)にいろいろ買ってくれるし、あんだけのフィギュアも買うし、羽振りが良いわけだ。母さん死んで傷心したから会社辞めたのかと思ってた。」

「すまんな。例え身内でもお金の話ってのは、悪い方向に進む事が多いからな」


「昔から、母さんも父さんもお金に関しては厳しかったからな。だから、今の俺がいる。感謝してるよ。」

「お義父さん。私もいろいろ助かってますから、これからもこの子のためによろしくお願いしますね。」


「咲良…顔がニヤついてるぞ」

「あ…。」


「ははは。分かってる。たまにはコスプレ衣装も支援してあげるよ。ただし、一応収入と支出は管理してるんだから、無茶なお願いは勘弁してくれよ。」

「分かってる~お義父さ~ま」


司は胸のうちにモヤモヤしていたものが、少し取れた気がしていた。ちさとの笑顔を今後も守らなければいけないと言う想い。そんな決意とも取れる表情になっている司を、優希は仏間から見守るのでした。

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